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第13話
湊音が家に帰ったのは日を跨いで二時だった。
まずは着ているものを全部脱いで洗濯機に入れてシャワーを浴びた。喉が少し痛い。足も腕も。騒いではしゃいだ代償である。
あと数時間で起きる時間である。剣道部の朝練である。こんなことがあっても日常は待たない。休みでもないのに羽目を外してしまったと反省する。
『李仁さんに悪いことをしてしまった……』
シャワー室から出てスマホを見たが李仁からはなにもなかった。
『怒っているよな、絶対……』
体を適当に拭き、全裸のまま部屋に行って下着とパジャマを纏い倒れるかのように眠った。
それから一週間。湊音はメアドを変えた。そして仕事中は自分の力を発揮できず空回り。休憩中は上の空、部活動の指導も力が入らない。
週末の剣道部の交流試合で引率しているバスの中。大島が恋人との話をしているのだが聞き流すだけ。ここ一週間の湊音の様子がおかしいのにも気付いてはいたが声をかけても空返事ばかりで大島にもどうすることもできなかった。
生徒たちの試合中もなんだかぼんやりとしてしまい、大島に声をかけられる。
「お前、昨日寝てないだろ。仕事とプライベートはごちゃ混ぜにするな。お前のその顔、佇まいはここには合わん、生徒に示しがつかないから外に出てろ」
剣道に関しては昔から厳しい大島が湊音を外に出した。
「明日1日しっかり休め。失恋したのは辛いけどな……引きずるな。やってけんぞ」
どうやら大島には失恋のショックだと思われていたようだ。
スマホを見ても李仁から連絡はない。もう一週間も無い。駅近くにあるあのモールの本屋に李仁がいる。もうあの本屋にはいかなければいい、もう連絡もしなくてもいい。駅も一駅先の駅でも構わない。
もう二人であったことはなかったことにすればいい。そうすれば自分が李仁に好意を持っていたこともなかったことになる。
湊音はもう一つ向こうの駅に向かって歩き出した。
「湊音くん!」
後ろからの声に湊音は立ち止まった。振り返るか悩んだが……。
「ねぇ、湊音くん!」
腕を捕まえられ、抱きしめられた。李仁の服からいい匂いがする、と湊音は自然と李仁を抱きしめた。
「なんでメアド変えちゃうのよ! 着信拒否もするし! ……大島さんにここでバスが来るって教えてもらわなかったら逃すところだった……」
「なんで僕を……怒ってるだろ」
「怒りたい気持ちもあったけど……しょうがないって思った。こういうの慣れてる」
慣れている、というのは同性愛者だからノンケとの恋愛がうまくいかないということである。
「グイグイ行きすぎた私がいけなかった。びっくりしちゃったでしょ……ごめん」
「ううん、僕もごめん……自分が二人きりになりたいって言ったのに、気持ちがうまく整理できなくて突き放しちゃった……ごめんね」
湊音はさらにギュッと抱きしめ返す。
「……私ね、最初あなたをあのパーティーで見た時から好きだったの。婚活なんてするつもりなくて、知り合いのお店でやる婚活でサクラだったのに……」
「さ、サクラ?!」
湊音は李仁を見る。どうしても彼の方が背が高いので見上げる形になるが。
「そう、ドリンクバーで声をかけたのもそうなのよ。チビちゃんで可愛いって……少し野暮ったかったけど」
「野暮ったくて悪かったな」
「だから私好みに髪の毛切らせたし、服も……」
「そうだったのかよ」
「ふふふ」
今の湊音は李仁の好みの姿なのである。そしてそこから彼の手中でコロコロ転がされ、湊音は李仁に入れあげてしまうようになったのだ。
湊音はここは外だということに気付いて李仁から離れた。周りには人が行き交う。
「こ、こんなところで抱きついちゃったよ」
「そういうてれるところが好き」
李仁がそう言って微笑む。湊音も顔を赤らめる。
「僕も、李仁が……好き」
湊音はようやく口からその言葉がでたのだ。
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