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第3話
「おい、イブキ、いるのか、おい」
深まる季節に葉は赤や黄色になり、洞窟の周りをそれが囲む。「なんだ?」と檻から手がひょこりと出てきた。
「シダ。どうしたんだ」
「おまえが出てこないからだ。俺は朝からずっとここにいるのに」
いつもならうるさいぐらい話しかけてくるだろう――。
イブキのいる洞窟の近くで木を切りながら、いずれ音に気づいたイブキが、こちらに話しかけてくるのを待っていた。実際、このところはそうだった。山に一人でいたシダに、話相手ができた。いつも通り向こうから来ると思ったのに、結局自分から声をかけてしまったのが癪で、小さく苛立つ。
くくっとイブキが小さく笑った。
「なんだよ、かわいいなおまえ。退屈なら一緒に話そうぜ。俺もあんたと話したいんだ」
崖をよじ登り、格子を挟んで向き合った。イブキが言った。
「良い天気だ。鳶が見える。向こうの山も」
シダはイブキの指す空をつられて見た。
「シダは大仏のために木を切っているのか?」
イブキは遠くに見える塔を見ながら言った。切り開かれた山間から見える巨大な塔は、大仏のために造られたもので、その昔国中から木や銅を集めているのだそうだ。
「俺は古い木を切っているだけだ。売ってはいない。それにあれは昔のものだ」
「あの大仏や神さまが、本当に雨を降らせたり、飢えから救ってくれるんだと、皆信じていたんだろうか」
シダに話しかけるというよりかは、独り言が漏れたような口ぶりだった。
「イブキ、お前は頼るものがあるのか」
「あるのかな。わからない」
「ここを出ると、願わなくてもいいのか」
「俺がここにいるのは、約束だから」
「約束?」
聞き返しても、イブキはそれ以上話してこなかった。
「シダは? シダはこの山を出たくはないのか。人里に下りたくはないのか」
初めて自分のことを聞かれて、答えに詰まる。
「なんだかシダは、この山に取り憑かれているように見えるよ」
ちち、とイブキの肩に留まったメジロが鳴き声を上げた。
まだ生きていたのか、と言うとイブキが「お前の手で生き返ったのに、忘れたのか」と喉の奥で笑いながら返す。
「その鳥は、外に放さないのか」
「ああ、そうだなあ……。俺のわがままで、ずっとここにいてもらったからな。放してやらなくちゃ」
指の先に鳥をつかまらせ、シダに向けて差し出す。
「シダ、こいつを森に帰してくれ。できたら離れたところがいい。置いていかれるのを見るのは、悲しいから」
「わかった。ただしてほしいことがある」
「またあの歌か?」
シダは黙ってうなずいだ。
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