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第5話
大量に実った栗をもいだ。木こりは毎年そうするように、米に粟を混ぜた飯を作る。違ったのは、今年は分け与える人間がいることだ。握り飯と、畑で採れた野菜を持って、イブキの元へ向かった。
「イブキ、いるか」
洞窟の奥に呼びかけると、自分の声が反響する。奥の方から高さのない洞穴を這うようにして、イブキが出てきた。
「濡れている」
「水を浴びていたんだ」
濡れた髪を、イブキは両手で絞り、開けた着物を直した。薄茶色の髪に水滴の粒が光っている。
「綺麗好きな男だな、お前は」
粟の飯を渡す。
「握り飯じゃないか。こんなものを、俺がもらっていいのか?」
「どうせ余っている。喰え」
「しかし……」
ためらう素振りを見せるイブキに「喰わんのなら捨てる」と脅すように言うとようやく口に入れた。
「シダ、おまえは食べないのか。俺だけ食べているというのはへんだ。おまえも食べろよ」
「俺はいい。見ているから」
「くうのを見ていて面白いことなんか、あるのか」
イブキは手首にひっついた米粒に顔を近づけ、赤い舌でねろりと舐め取った。
「今日木を切らないのか」
「……ああ」
ほんの瞬きに、目を奪われていたシダは我に返って返事をする。
「日が高くなったら始める」
このところ、シダは木を切る順番を変えている。
イブキのいる牢獄がある場所の近くの木から切り始める。誰が決めた訳でもないが、麓から順番に、切る木は決まっていた。何年と木こりをしていて、順を変えたのは初めてのことだった。
やけにのんびりした春の日差しに思う。この光景は、奇妙なのだろう。檻の外の男と、中の男が格子を挟んで飯を食っている。
「あ! 俺もシダに渡すものがあるんだぜ」
イブキはふところから豆のようなものを取りだした。よく見るとそれはむかごだった。
食べるとほんのり甘みのある山芋の味がする。
「こうして備蓄しているというわけか」
「俺は飢えに慣れているからな。なあ、だから今度から食べ物もそう持ってこなくていいぞ」
なぜだ、とシダの声が尖る。
「おまえは俺に遠慮しているのか。囚人のくせに」
「それもあるが、俺だけ腹がいっぱいには……」
言葉を止めてイブキが激しく咳き込む。体を折り曲げる咳は長く続き、収まるのを待ってから話しかける。
「風邪でも引いたか。以前も咳をしていたな」
赤い目をしたイブキは、笑って返した。
「うん。まあ寝ていれば治ると思うんだが。ただの咳だ」
「ここから出して、医者に連れてってやろうか?」
少しの間の後に、イブキが口を開いた。
「そんなことをすれば、シダも罪に問われる」
「だろうな。だが、俺は自分のことは何とかはできる」
「何とかなんて、なるものか」
「俺が、いつまでもお前をこんな場所に入れておいて、平気でいられる奴だと思ったのか」
イブキが言葉に詰まる。
「お前は罪人には見えん。お前は俺になにか話せないことがあるらしいが、そうだとしても、構うものか。願えば、俺がここから出してやる」
イブキは背中を向け、洞窟の壁と向かい合った。表情が見えなくなる。
「シダ、俺のことは放っておいてくれ。それにもう、ここへはあまり来ない方が良い」
「何?」
突然のことに、眉間に皺が寄る。
ここから出してやる、という言葉はこちらが想像するよりイブキを頑なにさせた。
「俺はこの檻から出してやろうと言ってるんだぞ」
「わかってる。仲良くしすぎたな。考えなしの、俺が悪いんだ。俺は一人でも平気だから。ごめん。帰ってくれ」
「……おい、こっちを向け」
格子に手をかける。力を込めればぽきりと折れてしまいそうな竹の格子。自分とイブキの間は、格子よりももっと深い何かに邪魔されて踏み込めない。
もっと自分が人と交わるような人生を歩んでいれば、うまい言葉が選べたかもしれない。しかし誰とぶつかることもなくずっと一人で暮らしてきた心では、感情の整理がわからず、怒りが先立った。
「勝手にしろ、囚人が」
捨て台詞を吐いて、立ち上がった。
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