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第43話

雷音はマンションのエントランスを抜けてエレベーターに乗り、届いていた郵便を流すように確認した。どれもDMなどで不必要なものだ。 キーを手で弄びながら部屋の前に立つと、徐に周りを確認した。そして施錠を開けると部屋に入り、眉を下げた。 リビングに明かりが見える。不法侵入者にしては息を潜めることもなく堂々としているなと、靴を脱いで部屋に入った。 雷音は相変わらず蓮の別宅を借りて暮らしている。セキュリティーがしっかりしているからというのが理由だが、そのセキュリティーも最近は機能してないように思えた。 「不法侵入って言葉知ってます?」 「お帰りー」 万里がソファに寝転がって手を振ってきた。テーブルには酒の瓶が転がっている。 かなり前から来ているのか、スーツは脱いで、とりあえず脱ぎ散らかすのもと思ったのかソファの背もたれに無造作に積まれている。皺になることを気にしてというよりも、ただ積み上げられている。 雷音は今更そんなことをしても仕方ないとは思いつつも、本人は関心もないだろう高級スーツの無残な姿が見ていられずにジャケットとパンツをハンガーに掛けた。 「何か、腹に入れました?」 「今日は、かーかの…おかんの飯」 「かーかで良いですよ。可愛いじゃないですか」 雷音もジャケットをハンガーに掛けると、万里の隣に腰かけた。万里は広いソファでもそもそと匍匐前進のようなことをして進み、雷音の膝に頭を置いた。 よく見ると万里の着ている服は雷音が今朝まで着ていた部屋着だ。大きさが合ってなくて、首元がズレて白い肩が顔を出した。 「彼シャツ的なやつですね」 雷音は万里のその白い肩を指先で撫でると上体を折り曲げて、髪にキスを落とした。しっとりと濡れて、雷音の使うシャンプーの香りがする。 「風呂、待っててくれたらよかったのに」 「雷音んとこの風呂、ジャグジーついてるから好きやねん」 「気に入ってくれたなら、毎日でも入りに来てくださいよ」 万里の額にキスをして、唇にもキスを落とした。軽く唇をつけて啄ばむようなキスを繰り返すと、万里がとろんと蕩けたような顔を見せた。 「フェラしたろうか?」 「和花さんに逢ってきました」 「…ヤル気のうなるなぁ」 万里は一気に冷めた顔を見せて起き上がると、テーブルに投げていた煙草を手にするとそれに火を点けた。 「いろいろと話を聞きました。神原さんのことが主ですけど」 「そりゃそうや。和花にとって理想の男は神原やもん、やて死ぬほど憎い、殺したいゆーて思うてる相手も神原や。こじらせブラコンやな」 「気が付いてたんですか?」 雷音は目を丸くして万里を見た。万里は煙を一気に吐き出すと、肩を竦めた。 「そりゃな。わかってへんのは神原くらいやろうな」 「神原さんはそんなに和花さんが嫌いなんですか?実の妹ですよ?」 万里は雷音を横目で見ると、グラスに残っていた酒に口をつけた。それは雷音が客からもらった、飲む香水と呼ばれファンも多いマーテル コルドンブルーだ。 道理で万里からほのかにフルーティな香りが漂ってくるわけだが、安酒を飲むようにぐいぐい飲む代物ではない。 雷音はテーブルに転がった、空になった瓶に僅かに残ったマーテルをどうにか舌に乗せた。フルーティで上質、コーヒーやナッツを彷彿させる香ばしい香り。楽しみにしてたのに。 「あいつは俺が組に来たせいで親元離されてん。俺も神原がそれをどない思うてるんかはぶっちゃけ分からん。あいつはしれっと嘘つくさかい、本音はいつも言わへん。こじらせ君や。和花んことも実際は大事に思うてるかもしらんけど、あいつは自分の思うてることとちゃう動きされたら異常に腹が立つみたいで、それが俺やったらええねんけど和花がするとキレて抑えがきかんわけ」 「あなたのフィアンセだって言いふらしてるのも、いやがらせだと」 「うーん、俺はそれはある一方ではええ考えやて思うてる。俺の名前出して、更には親父が鬼神やて知れば和花に手ぇ出す阿呆はおらん。せやけど、しょせん女や。男に本気出されたらどないも出来ひんし、俺の女やてゆーんは脅しんネタかてなる。攫って俺を呼び出すんも手やろ」 「やめさせないんですか?」 万里はふふっと笑った。 「俺の言うことなんかきくわけあらへん。神原は勝手にしろってゆー考えやしな」 「俺、男兄弟だから、妹の感覚って分からないけど、そこまでこじれるもんですか?」 「神原はー、母親が嫌いやったから」 「和花さんも毒親だって」 「まぁ、せやな。過干渉ってやつや。友達と遊ぶことも許さん、誰と、どこで、何を話したのか全部報告せなあかん。自分の認めた人間としか会話もしたあかんゆーてな。まぁ、俺に言うてへんだけで、神原は他にも色々とされとった感じやけどな。こう…自分の所有物ってゆーんで…まぁ、なぁ…」 万里が言葉を濁すので、雷音は思わず蛾眉を顰めた。 「まさか、母親からの性的虐待?」 「うーん、そこまでんことやのうたとしても、それに近いことかもしらん。女親は息子を溺愛してまうとこがあるやろ。やからうちに連れてこられたときは、神原んおかんは息子を返せゆーて乗り込んできよったわ」 「え?そうなんですか?」 「そや、神原ん親父は留守、うちの親父も留守、舎弟連中だけで何とか宥めとったけど泣くわ喚くわの大騒ぎ。それを髪の毛掴んで玄関から引き摺り出して、ホースで水ぶっかけたんがうちのかーか」 「ええ…」 「俺らも舎弟もドン引き。神原と和花がずっとされてきたことを小耳に挟んどったみたいで、子供は己の所有物やないってなぁ。泣きもって帰っていくおかんの後姿を冷めた目で見とった神原ん顔、今やて忘れられへんわ。かーかは神原に謝ってたけど、かーかがせんかったら僕が殺さなあかん人やから助かったって言うてよったな」 「……」 「な、腕っぷしは弱いけど、鬼神の息子やねん、神原は」 雷音が思わず生唾を呑み込んだ。飄々とした神原の手の内はいつも読めない。 あの冷めた相貌でいつも周りから一歩、距離を取って行動しているような気がする。神原の洞察力は目を見張るものがあり、拳が弱点だったとしても由が現れた今となっては無敵なのではないだろうか? それに…。 「それと、聞きましたよ。柴葉と盃交わしたらしいですね」 雷音は万里から煙草を取り上げ灰皿に押し潰すと、ついでにグラスもテーブルに置いた。そして身体を抱き上げると、そのまま膝の上に対面になるように座らせた。 「飛鷹さんも居て、柴葉も居て、明神組の牙は更に強みを増したんじゃないですか?」 「耳が早い。誰に聞いた?公にしてへんねんけどな」 「衣笠さんです」 「ああ、グリモワール。どっから情報仕入れんねん。うちに内通者でもおるんちゃうんやろうな。それか仁流会か…」 雷音は万里の赤い宝石にキスをして、ルームウェアの隙間から手を入れるとすべすべの肌を掌で撫でた。たまに皮膚が突起に当たるのは傷跡だろう。 見て目立つような傷ではないが、万里の身体にはそういう小さな痕がいくつもあるのだ。 「どうして盃を交わすことにしたんですか?」 「豚ん始末をさせてやったら、魂抜けたみたいなってもうて。あとは生かすも殺すも自分を好きにしてええって言うから」 「え…?それって」 「よぉ肥えた豚ん始末や」 「稲峰…」 雷音は苦虫を噛み潰したような顔をして、万里をぎゅっと抱きしめた。あと少し発見が遅れていれば、確実に柴葉も万里も命が危なかったのだ。 もし、雷音が組に戻ることを躊躇っていたら、今ここに万里は居なかっただろう。 「あの豚、あんたんとこの若頭補佐が手ぇ回しといてくれたおかげで、香港の連中に持っていかれることもなかった。俺はあいつに親父の仇討らしたるゆーて言うとったさかいな。やて、人間て目的果たしてもうたら、そっからどないして生きたらええんか分からんやん。組は稲峰の代でしまい、やて今更、堅気にやてなられへん。更には生かすも殺すも好きにせぇ言う。ほな、貰うやろ」 「二人もね」 雷音が形の良い眉を上げると、万里は眉尻を下げた。 「なんや、それもかいな。やて、あへんな傷こさえた顔でどないして生きていけるん。それに、柴葉は五十棲と一緒なら言うてな。他にはなんも望まん、一番下っ端でもええゆーてな。苦労かけてきたん分かってるみたいやな」 「明神組としては大きな収益じゃないですか」 「収益?」 「武闘派として柴葉の腕は申し分ないでしょ」 「急に一新一家の顔」 「俺も一応、極道なんでね。初心者マークですけど」 「せやねぇ。あんたも極道やったわ」 万里は妖艶に笑うと、雷音の首に腕を回した。それに合わせるように雷音も万里の腰に腕を回すと、ぐっと引き寄せ口付けた。 唇を合わせるだけの挨拶のようなキスを交わしながら、雷音は万里の引き締まった腰を撫でる。万里がそれに震えるような呼吸を吐き出したので、舌で万里の歯をノックするように当てれば万里は雷音を迎え入れるように口を開いた。 やはり、フルーティーな香りがする。キスの前のマーテルは雰囲気作りには良いと聞いたが、確かにそうかもしれない。 いつものダビドフ・マグナムの味も好きだが、マーテルの香りは万里によく合っている。 舌を絡めながら背中を撫でていると、万里も負けまいと雷音のシャツのボタンを外し始めた。負けず嫌いだなと舌を吸って、ゆっくりと果実のように赤くなっているであろう万里の胸元の飾りを指先で弾くと猫のように鳴いて、唇を離した。 猫のように背を丸めながら、潤んだ目で雷音を睨みつけてくる万里に雷音の熱は一気に高まった。 「ベッド行く?」 「あんたってセックスん時になると、俺に対して日々の鬱憤晴らしてへん?」 「まさか」 心外だなと万里の大きすぎるルームウェアの上下を剥ぎ取ると、軽々と持ち上げる。 しっかりと筋肉もあって身長も低いほうではないのに、驚くほど軽いなぁと少し心配になりながらベッドに向かうと二人して転がった。 「俺、好きなんですよ」 「え?」 「あんたが高ぶれば高ぶるほど、この宝石の色がどんどん濃くなっていくのが」 「ええ…物好き」 万里は満更でもないのかにこやかに微笑むと、雷音の脱がし掛けのシャツを強引に引っ張り始めた。流石にそこそこの値段のするものなので、雷音は逆らうこともせずに逆に脱がしやすいように身体を動かしてそれに応えた。 ようやく上半身が裸になり、二人して身体を合わせるとまたキスを交わした。次は万里が雷音の中を縦横無尽に動き回る。 舌を絡めて歯列を舐め、そうしながら硬くなった雄を押し付けるようにゆっくりと腰を動かしている。雷音は大きな手で張りのある尻たぶを掴むと、万里の身体を揺さぶるように動かした。 「あ、雷音…!」 ぶるっと震えて万里が口を離すと、銀の雫が雷音の胸元に滴った。 「離しちゃダメでしょ…。ね、気持ちいい?」 アンダーウェアの上から、雷音が万里の中に入り込める唯一の場所に長い指をぐっと押し付けると万里は小さく身体を震わせた。 「あ、あかんて…それ」 「ん?どれ?前?後ろ?」 雷音の胸元に顔を埋める万里の耳元で囁くと、ガブッとその胸元に噛み付かれた。軽くではあるが、さすがに痛い…。 「噛まないでよ」 「やて、意地悪…」 「ごめん、可愛いから。ほら、俺の脱がして」 雷音は万里の手を自分のベルトへと導くと、ね?と赤くなった耳たぶに口付けた。万里はゆっくりとベルトを外すと、スラックスのボタンを外しズボンを脱がしていく。 雷音はそれに満足気な表情を浮かべながら、ベッドの照明を一つ暗くした。

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