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5-④

 今にも駆けだしそうな勢いの女性は、啓介を見るなり目を見開いて動きを止めた。それはまるで猛獣が獲物を捉えたような視線で、啓介は本能的に後ずさる。啓介が後ろに下がった分だけ、女性はヒールをカツカツ鳴らしながら距離を縮めてきた。壁際に追い詰められ、啓介は(おのの)きながら首を振る。 「なになになになに。僕なんにも悪いコトしてないよ」 「あなた、ここの生徒じゃないわね。受験生?」  受験する気はないが、色々説明するのも面倒なのでとりあえず「はい」と頷いた。 「ヒールのないサンダルでこの身長なら、175か6センチってとこかしら。まぁ、今日のステージなら充分ね。ちょっと来て。協力して欲しいことがあるの」 「は?」  女性は啓介の手首を掴み、問答無用で歩き出す。真っ青だった顔色は、いつの間にか血色が戻っていた。何の説明もないまま、啓介は引きずられるようにしてホールに足を踏み入れる。  まず最初に目に飛び込んできたのは、暗い客席の海に浮かぶ島のようなランウェイと近未来的なネオン照明。テクノミュージックの重低音が、腹の奥まで響く。軽快なウォーキングのモデルが、はつらつとした笑顔を振りまいていた。カラフルな衣装は、どことなくハンバーガーショップの制服を連想させる。 「大事なことを聞き忘れていたわ。ねぇ、あなたどこかの事務所に所属していたりする?」 「事務所って?」 「モデル事務所」  そんなわけあるかと思いながら、首を横に振った。 「良かった。それなら問題ないわね。急ぎましょう、もう時間がないの」  女性は啓介を連れたまま、バックステージへ続く暗幕をくぐる。明らかに部外者は立ち入れないような空間で、何人ものスタッフが慌ただしく動き回っていた。その間を縫うようにして進み、真剣な表情で話し合っている二人の女性の元へ駆け寄る。 「お待たせ、笹沼さん。連れて来たわ」 「緑川先生! こんなに早く戻ってくれると思わなかった。もう、自分で着て出ようかと……」 「他の子の衣装の準備は済んでいるの?」 「はい。他は完璧」 「そう。じゃあ早く、この子を仕上げちゃいましょ」  言いながら緑川が、啓介のカットソーに手を掛けた。

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