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7-②

 啓介は服を受け取り、笹沼に視線を戻した。笹沼が、目を合わせてゆっくり頷く。 「私は片付けと倒れちゃった子のフォローに行ってくる。今日はありがとう。また大学に遊びにおいで」  じゃあねと手をひらひら振って、笹沼は立ち去った。その凛とした姿を見送りながら、当面はあの背中に追いつくことを目標にしようと啓介は密かに決意する。  里穂に更衣室の場所を教えてもらい、機嫌よくブーツのかかとを鳴らしながら歩く。「桜華大をちょっと見るだけ」のつもりが、思いがけず大収穫となった。相変わらず問題は山積みだが、自分の心が決まったのは大きな進歩だ。  そんな事を考えていたら、前から緑川が歩いてくるのが見えた。緑川の方も啓介に気付いて駆け寄ってくる。   「あっ、キミ! 良かった、まだ帰ってなくて。キミに会いたいって方がいらしてね」  言いながら緑川が、自分の背後にいる人物を振り返った。緑川と同年代くらいの品のある男性が、こちらを見て微笑んでいる。仕立ての良さそうなスーツの胸元から、優雅な仕草で名刺を取り出した。 「はじめまして。ステージを拝見したよ。とても素敵だったものだから、是非お目にかかりたいと思ってね。聞けば、どこの事務所にも属してないと言うじゃないか。原石を見つけたのに、黙ってこのまま帰れないだろう。きみ、雑誌のモデルに興味はないかい?」  そう言って、紳士が啓介に名刺を手渡す。そこには『リューレント編集長 海藤 雄二』と書かれていた。 「リューレントって、あのモード誌のリューレント?」 「見てくれたことがあるのかな」 「もちろん」  欧州の名門ブランドを中心とした、各シーズンのコレクションや最新のトレンドアイテムを発信する、セレブ御用達のファッション誌だ。どのページも写真集と見紛うほど美しく、ストーリーを感じさせる構成からは各ブランドの矜持が伺える。  誌面を飾る商品は啓介にとって高嶺の花ばかりだったが、多彩で美麗な記事を眺めるだけで気分が高揚した。  そんな憧れの雑誌と自分がモデルになると言うことが結びつかず、啓介は首を傾げて海藤を見る。 「なんで僕なんですか。ただの高校生なのに」 「むしろ、君はよく今まで誰にも声を掛けられずにいたね。道を歩いていてスカウトされたことはなかったのかい」 「あぁ……。キャッチとかナンパとか鬱陶しいんで、声かけられても全部無視してました」 「なるほど。では、今日ここで君に会えた私は、相当に運が良かったんだね。実は今度、リューレントの姉妹誌を創刊するんだ。メインターゲットは二十代で、個性的なスタイルやテーマ性の強いカルチャーやファッションを取り扱う予定だ。どうかな、君に合いそうだと思うのだけど」  啓介の意向を聞いてくれてはいるが、海藤からは「断ることはないだろう」という自信のようなものが感じられた。それは別に傲慢だとか威圧的だとかではなく、「この業界に進む意思のある者が、こんな良い機会を逃すはずがない」と信じて疑っていないようだった。

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