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7-③

 それはそうだろう。業界の最前線に身を置けるのだ。  アンテナを極限にまで研ぎ澄ませた人たちが、これから注目されそうなものをいち早く察知して情報を発信する現場。面白いに決まっている。 「物凄く興味はあります。けど、顔が世間に知れ渡るのは困るんで……」  椚高校の一件が頭をよぎり、どうしても天秤は平穏な日常に傾いてしまう。雑誌に載ることで、これ以上面倒臭い連中に絡まれるのは勘弁してほしかった。  憂鬱そうに目を伏せた啓介を見て、海藤は大体の察しを付けたのかもしれない。理解を示すように深く頷いてみせた。 「なにか嫌な思いをしたことがありそうだね。顔が知れ渡るのは困る、か。そうだな、それじゃあ、今みたいなメイクをして出るのはどうだろう。きっと、君だと気づかれないで済むんじゃないかな。プロフィールも伏せておこう。その方がミステリアスで、かえって良いかもしれない」 「今みたいなメイク……。それって、雑誌のテイストに合うんですか」  真っ赤なカラーコンタクトとダークグレーのアイシャドウ。それに濃い紫系のリップ。鏡を見ていなくても、なんとなく自分の姿の想像はつく。退廃的なメイクでは、着る服が限られてしまいそうだ。 「ほぅ。雑誌のテイストにまで気が回るのか。君はもしかしたら、モデルだけで終わらないかもしれないね」 「僕はモデルより、作り手の方に興味があるんで」  キッパリ言い切った啓介に、海藤は軽く目を見開き、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。 「作り手としても成長できる場だよ。刺激を受けるし、何より勉強になる。モデルの経験は邪魔にならないはずだ」 「それは、そうでしょうねぇ」  わかってるけどさ、と言いたいのを堪えながら啓介は口をへの字に曲げる。  生まれて初めてランウェイを歩いたのが、ほんの二十分ほど前だ。その後すぐに憧れの雑誌の編集長から「モデルをやらないか」と言われても、喜びより戸惑いの方がはるかに大きかった。  次から次に起こる出来事に、少しは心の準備をさせてくれないかと愚痴をこぼしたくもなる。そもそも、メイクをすれば素性が割れないなんて、どこにそんな保障があるのだろう。  不貞腐れたように海藤から視線を逸らすと、今度は緑川と目が合った。彼女は腕組みをしたまま、静かに成り行きを見守っている。  自分を舞台に引っ張り上げたのは緑川なのだから、助け船の一つでも出してくれればいいのにと、啓介は一層不機嫌そうに口を尖らせた。そんな啓介を見た緑川が、思わず吹き出す。 「キミ、そんな顔しちゃ、せっかくの美人が台無しよ。そうねぇ、海藤さん。先ずは試しに、他の子の撮影の合間にカメラテストのつもりで撮ってみたらいかがです? この子自身が納得できる仕上がりなら雑誌に載せたらいいし、嫌だと思ったら掲載は見送ると言う約束で」 「なるほど、それはいいね。来週リューレントのスタジオ撮影があるんだ、良かったら参加してみないかい。もちろん、交通費もモデル代も支給するよ。掲載してもしなくてもね」 「それなら……。ハイ、お願いします」  まだ不安は残るが、ここまで譲歩されたら断るのも申し訳なくて、啓介は大人しく頷いた。

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