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8-⑥

「何言ってんの高校生の癖に。まだ子どもじゃない」 「だったら急いで大人になるよ。千鶴に迷惑はかけないから、自分の進む道は自分で決めさせて」 「馬鹿じゃないの、全然解ってない。迷惑なんて、いくらでもかけて構わないのに。ねえ啓ちゃん、お願い。なるべく傷付かない人生を選んで。だって、この道は辛いって、もう知ってるんだから……」  千鶴が祈るように顔の前で手を組む。解ってないのは千鶴の方じゃないか。そう言いかけて止めた。  千鶴もかつて自分で選んで決めた道だ。啓介が「進みたい」という気持は、誰よりも理解しているだろう。解っていないはずがない。  それでもなお、「行くな」と言う。  啓介は千鶴の想いを全て飲み込み、形を変えて吐き出した。 「僕が千鶴に教えて欲しいのは、石ころもない綺麗で安全な道の歩き方じゃなくて、転んだ時の起き上がり方だよ」 「啓……」  千鶴は開きかけた口を再び引き結ぶ。くしゃりと歪めたその表情は、悲しいと言うより寂しそうだった。置いてけぼりにしてしまう罪悪感に、胸がチクリと痛む。その痛みを振り切るように、啓介は言葉をつづけた。 「千鶴はもっと他に道があるっていうけど、どの道もそれなりに大変だと思うよ」 「それは、そうかもしれないけど」 「千鶴が思うより、僕は強いから大丈夫」 「そうね。そう言えば啓介は、迷子になってもいつも涼しい顔してた。私だけが焦ってバカみたいなの」 「そんな小さい頃の話しなんて、覚えてないや」 「私にとっては、ついこの間の出来事なんだけどなぁ」  千鶴は大きく息を吐きながら脱力する。椅子の背もたれに体重を預け、赤い目で啓介を見た。 「……受験までまだ一年以上あるけど、心変わりしない?」 「しない。もう決めたから」  そっかぁと、千鶴は泣いたまま笑った。 「じゃあ、私から啓介に励ましの言葉を贈ってあげよう。きっとあなたは私に似てるから、すごく血が(たぎ)ると思う」  千鶴の目があまりにも真剣で、啓介は思わず背筋を伸ばす。 「ねぇ、啓介。私の仇をとってね」  啓介がゴクリと唾を飲み込んだ。一拍置いた後、参ったと言うように啓介は肩を揺らして笑いだす。 「あっは! サイッコーに重いね、その言葉。励ましじゃなくて呪いじゃないの。でもありがとう。凄く効いた」  千鶴らしい(はなむけ)に、啓介は声を立てて笑った。「辛くなったらいつでも辞めていい」と言われるよりも、退路を断ちたい啓介にとっては百倍有難い。 「でも、体を壊したら許さないからね」 「あはは。わかってるってば」  笑いが止まらず腹を抱えた。また喉の奥がヒリヒリしてくる。  息を吸ったら胸の奥が震えて、笑いながら少し泣いた。

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