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9-②

「今日はキミの他に、姉妹紙の専属モデルがあと二人参加するわ。向こうに着いたら紹介するわね。当然リューレントのモデルさん達もいるから、ちゃんと挨拶するように。いいわね?」 「はぁい」  返事をしながら「先生みたいだな」と首をすくめたが、そう言えば正真正銘先生だったと思い出す。  緑川の言う通り、スタジオにはあっという間に到着した。小規模な店舗ビルや低層マンションが立ち並ぶ何の変哲もない街の一角にあって、「ここがスタジオだ」と言われなければ通り過ぎてしまいそうなほど、一般的なオフィスビルに見える。  緑川は臆することなく、ズンズンと建物の中を進んで行った。 「今日は人数が多いから、一番大きなスタジオよ。ここがそう」  扉を開けて目に飛び込んできたのは、眩しい程に真っ白な壁だった。高い天井には黒く塗装された鉄パイプが張り巡らされていて、そこから四角い大きな照明が釣り下がっている。  撮影真っ只中のスタジオには、緊張感が漂っていた。  一秒ごとに焚かれるフラッシュとシャッター音。ハイブランドの服を身に纏い、カメラに鋭い視線を向けるモデルが次々とポーズを変えていく。華やかで優雅なはずなのに、その姿はまるで獲物と対峙する戦士のようだった。  これがプロの現場かと、スタジオ全体が放つオーラに息を呑んだ。立ち止まってゆっくり見学したいところだったが、緑川は足を止めないので仕方なくそのままついて行く。  どうやら向かっているのは控室のようだった。壁際にはハンガーラックが並んでいて、誰もが知る高級ブランドの服がいくつも吊るされている。改めて「凄い場所に来てしまった」と慄いていると、メイクルームから超一級品のブランド服を着た若い女性が出て来た。  抜身の刀のような冷えた空気を身に纏い、挨拶するのも躊躇うほど近寄りがたい雰囲気だ。そんな氷のような彼女だったが、緑川の存在に気付くと途端に血の通った人間らしい笑みを浮かべた。 「緑川先生! どうしたの、こんなところで」 「あら。久しぶりね、南野さん。元気だった? ニューヨークのコレクション見たわよ、とても素敵だった」 「見てくれたの? ありがとう」  南野という名前とその顔は、啓介もよく知っていた。日本で数少ない、海外の有名コレクションにも参加するランウェイモデルだ。テレビのコマーシャルや雑誌の表紙などにも度々登場し、ファッションアイコンとして活躍している。

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