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9-③

 南野は嬉しそうに顔をほころばせ、緑川と握手を交わした。それから啓介にチラリと目を向けて「その子は?」と尋ねる。 「リューレントの姉妹誌の専属モデルよ。今日が初めての撮影なの」 「ああ、『Braver(ブレイバー)』って雑誌だっけ。でも、なんで先生がマネージャーみたいなことしてるの」 「ちょっと縁があってね。そうそう、再来年にはあなたの後輩になっているかもしれないわ」 「へぇ、じゃあ今はまだ高校生なんだ。なるほど、桜華大が囲ったってわけか」  南野は面白そうに口の端を上げ、啓介の目の前に立った。もともと背が高いのにヒールを履いているせいで、啓介を見下ろすような格好になる。  啓介は南野の着ている服を、興味深そうに見た。フリンジ付きのレザースカートに濃い茶色のニットケープを合わせているそのコーディネートは、すっかり冬仕様だ。おそらく上下で百万円は軽く超えるだろう。こんな機会でもなかったら、一生お目にかかれない代物だ。 「可愛い顔してる。まだ身長は伸びてるの? あと十センチ高くなれば、こっち側にこれるね」 「こっち側?」  言っている意味が解らず、啓介は首を傾げた。南野は得意気に胸を反らし「ショーモデルよ」と笑う。 「スチールモデルもまぁ、楽しいけどね。やっぱり海外のランウェイ歩いてなんぼでしょ。もっと背が伸びると良いね」  啓介の頭をポンポンと軽く撫で、南野はスタジオの中央へ向かって歩き出す。その後ろ姿には「さすが」としか言いようのない、風格のようなものがあった。気さくな笑顔を見せたかと思えば、切れ味の良い刃物のような鋭さも感じさせる。 「何あれ、『こっち側』だって。天狗になってんじゃないの。ただ背が高いだけの癖にさ」  南野の行く先を見ていた啓介の背後から、苦々しい声がした。振り返ると、一流ブランドの服に身を包んだ若い女性が立っている。彼女はヒールを履いていても啓介より少し低いくらいの背丈で、腕組みをしたまま口をへの字に曲げていた。  啓介は思わず「エレナだ」と声を出しそうになったが、寸でのところで堪える。彼女もまた、若い世代に影響力のある人気モデルだった。 「身長なんて、気にしなくていいよ。ショーに出るから偉いって訳でもないし」 「……どうも」  啓介は別に気分を害したわけではなかったのだが、自分の代わりに憤慨しているエレナに、とりあえず礼を述べた。どうやら啓介に放った南野の言葉は、彼女の方に深く突き刺さったらしい。女性にしては長身だと思うのだが、海外のショーに出演するには少し背が足りないのかもしれない。  南野が氷の刃なら、エレナは火を噴くリボルバーだなと啓介はこっそり思う。 「梅田君、こっちよ」  少し離れた場所から手招きされ、啓介はエレナに会釈したあと、緑川に駆け寄った。

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