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11-⑥

「なんで直人がそこまで怒るのか、全然わかんない。そんなに僕が東京に行くの、面白くない?」 「俺だってわかんねぇよ」  予想外の返答に、啓介は思わず「は?」と聞き返した。苛立ったように両手で自分の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、うわずった声で叫ぶ。 「わかんねぇから、ここに来たんだよ! なぁ、教えてくれよ。なんで俺、こんなにアタマきてんの? お前が遠くへ行っちゃうの、なんでこんなに嫌なんだよ。おかしいだろ、俺。少しも興味なんてないのに、お前が読んでる雑誌買ってみたりしてさ。理解したかったんだよ。お前のことなら、何でも知ってたかった。でも全然ダメだ、お前のこと一つもわかんねぇ。それがホント、もどかしくて気持ち悪くてイライラすんだよ」  直人の目は当惑の色を見せていた。本人自身も抱えているものの正体が解らず、手に負えなくてどうにも出来ないようだ。 「直人、それって……」 「こんなの、まるで恋煩いみたいって思っただろ? でも、それとも何か違ぇんだよ。でも、絶対に違うとも言い切れなくて、わけわかんねぇの。お前には理解できねぇだろうけど」 「ううん。多分、僕それ解かる」  その持て余した感情に、よく似たものをこちらも抱いているのだから。  好きか嫌いかの二択で問われれば、迷わず好きだと答えるだろう。尊敬や親しみや身内に感じるような情、それらを全部ひっくるめての「好き」だ。  ただ厄介なことに、そこには少しの甘美も含まれている。  だからと言ってこれを「恋愛感情なのか」と問われると、途端に解らなくなってしまう。その甘美は膨大な感情の中のほんの一部で、アイスクリームで言ったらバニラエッセンスのようなものだ。ほんの数滴程度の存在で、全体で見れば占める割合はとても小さい。それなのに、困ったことに甘い香りの主張は慎ましいとは言い難いく、時折り脳を混乱させる。 「恋じゃない」と言った傍から「やっぱり待って」と、もう一度答えを探し始めたくなってしまうのだ。 ――延々と。

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