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12-⑥

 掴まれた手を払いのけ、啓介は永遠が見繕ってくれたベストを受け取りさっさとメイクルームに向かって歩き出す。振り払われて行き場を失くした手を握り締めて、快が叫んだ。 「待てよ名無し、逃げんな!」 「名無しじゃないし、逃げてもいない」  いい加減にしろと思いながら、啓介は快を振り返った。ネクタイの代わりにファーを首に巻きつけている快は、相変わらずセンスが良くて余計に苛つく。ついでに周りを見回すと、まだ暑さの残る季節だと言うのにどのモデルも真冬の装いだった。  アパレル業界は季節を先取りするのが常なので、それは当たり前ともいえるのだが、夏と冬が同時に存在するこの空間がとても奇妙に感じられた。 ――夏と冬。  脳裏に空から唐突に降って来た氷の雨が浮かびあがり、その瞬間、閃いた。 「決めた。僕の名前、氷雨にする」 「ヒサメ?」 「そ。氷の雨って書いて氷雨」  不思議そうに問い返した永遠に、啓介が深くうなずく。快は軽く笑い飛ばしたあと、挑むような目で啓介を見た。 「氷雨? ずいぶん寒々しい名前だなぁ。それなら俺は、景気よく『快晴』に名前を変更しよっかな。俺は晴れでお前は雨だ。未来を暗示してるみたいでイイだろ」  快の挑発的な視線を迎え撃つように、啓介は口の端を上げて胸を張る。 「ただの雨じゃないんだよ、氷雨って。でも、まぁそうね。雨でも晴れでも何でもいいよ。どっちにしたって僕は望む未来を手に入れるから」  ふふん、と鼻を鳴らして啓介は再び歩き出す。永遠がなぜか膨れっ面をしながら付いてきた。 「『刹那』って名前は快くんダメって言った癖に。自分はお揃いっぽい名前なんて、ズルイよ」 「じゃあ永遠も名前変えてみる? 曇天とか雪とか風とか」 「ヤダ」  ますます不機嫌そうに口をギザギザに歪ませて永遠が立ち止まるので、啓介もつられて足を止めた。 「お兄さ……じゃなくて、氷雨くんの『望む未来』って何?」

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