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第8話

「ようやく、皆さんお揃いになっていただけましたね?」 先程、兄貴と共に姿を消した白衣姿の男が、まるで自分がこの家の主だとでも言うようにソファの真ん中にどかっと座っている。 「何なんだよ、あんた達!俺と月に何の用があるんだよ?」 固まっている両親と兄貴の怯えている顔。俺と月が検査なんかしたせいでこうなったんだと言う後悔から、俺が何とかしなきゃと大声で相手を牽制する。 「まぁ、そんな大声を出さなくてもね、こんな小さな家なんだから聞こえますよ?」 クックと笑いながら失礼な事を平気で言うこの男を俺は絶対に好きにはなれないなと思いながら、チッと舌打ちをしてわざと大きな音を立てて床に座った。 「それで?俺と月に用があるんだろ?」 男はふむと笑うのをやめて俺をジロジロと見る。 「この家の中ではあなたが一番話しやすそうだ。これもαの性質……人よりも秀で、人を導く存在……か。」 ぶつぶつと独り言のように呟くと、にっこりと笑って俺に小さな四角い紙を差し出した。 「自己紹介がまだでしたね?私は国の機関に所属する研究者です。名前は、なんか規定があって言えないんですよ。なので私を呼ぶ時にはそこに書いてある通りの偽名でお願いしますね?」 受け取った紙を見るとそこにはアルファベットが一文字。 「J……ジェイ?」 「はい。それが私の名前というか記号みたいなものですね。実は私もαなんですよ。国に人生を縛られ、いい事なんか何一つ……いや?まぁ、運命の番に会わせてくれたし、生活も金にも困る事はないから……まぁ、いいと言えばいいのかも知れませんけどね……って、話が逸れてしまった。ともかく、そういう事で君達には今すぐにここを出てもらいます。」 「はぁ?!」 そういう事も何も、説明もなしにいきなりここを出ろって、どういう事だよ? 訳が分からないという顔をしている俺達を見て、俺達を捕まえに来た大男がはぁと大きなため息をついて口を開いた。 「先生、そんな説明じゃ駄目ですよ。もっときちんと話さないと。」 「えぇ?!きちんと話したよ?ここを出て行くよって。」 「あのさぁ、何で俺と月がこの家を出て行かなきゃいけないんだよ?意味がわかんねぇよ!」 俺の言葉に大男がほらねという顔でJを見た。 「もうっ!何で分からないんだよ!あのさぁ、αもΩもまだ分からない事だらけなの!そんなのを一般社会に住まわせておいたらどんな不都合が起きるか分からないでしょ?すでにヒートになったΩにαが強姦しちゃったみたいなニュースも流れてるんだしさぁ。そっちの君、月君だっけ?Ωとして生活するにはこの場所じゃ無理ってわかるよね?ここにはヒートを抑制する為の薬もない。あっても高価すぎて手も出ないだろうけど。それに検査もしていない人ばかりだから、誰がαかも分からない。そんな場所でヒートになったら、裸で犯して下さいって歩いているようなもんだよ?」 「先生っ!もうちょっと上手く話ができないんですか?」 大男の方がデリカシーというか一般的な感情を持ち合わせているらしい。それに引き換えJの方は、何で大男が真っ赤になっているのかも分からないといった様子だ。 「俺……どうしたら……」 はっとして見上げると、月がぶるぶると震えて涙目になっている。 「月っ!大丈夫だって!俺がちゃんと守ってやるから!」 立ち上がって月をぎゅっと抱きしめる。こんな事、子供の時にだってした事ないけれど、恥ずかしいとかキモいとか言ってられないくらいの月の恐怖心が手に取るように分かって、そうしなくてはいられなかった。 「陽……俺、俺……」 月の嗚咽と服を滲ませていく温かい液体。 「大丈夫だって!昨夜だってそう話したじゃないか!なっ?」 そんな俺達を見ていたJがパチパチと拍手をする。 「まさしくこれがαとΩ。双子には多いという話は外国の研究機関からの報告で読んではいましたが、なるほど。」 「何の事だよ?!」 Jの言葉が気にかかって、陽を抱きしめたままでソファを見下ろす。 「運命ですよ、運命の番。双子でαとΩ性が出た場合、高確率で二人が運命の番であるっていうね。」 「はぁ?!」 クラスメイト達の二人で番えるなっていう言葉が頭をよぎる。 「だって、番ってアレだろう?結婚と一緒のことだろう?俺達、双子だぞ?兄弟なんだぞ?」 「そうなんですけどねぇ。何ですかねぇ?神様の悪ふざけ?多いんですよ双子には。それともう一つ、兄弟でも……」 Jの視線が俺達から兄貴に移る。 「え?!」 兄貴が驚いた顔をしたが、一瞬で青ざめると脱兎の如く駆け出した。 「捕まえろ!」 さっきまでの柔和さから一転、Jが厳しい顔で大男に命じるとすぐさま大男は兄貴の行く手を遮って俺にしたように兄貴を肩に担ぎ上げた。 「離せ!下ろせ!俺は関係ない!下ろせーー!」 兄貴が大声で叫ぶのをJがやれやれという顔で見て、おもむろに隣に置いてあるカバンを膝に置き、何かを探す。 「しっかりと捕まえておいて下さいよ?」 そう言って兄貴に近寄るJの手には注射器。 「何をするつもりだ?!」 月から離れて兄貴の元に駆け寄ろうとする俺を、そばにいた数人の男達が月ごと俺を捕まえる。 「離せよ!兄貴に近寄るな!やめろ!やめてくれぇ!」 父さんと母さんも兄貴に近寄ろうと騒ぐが、二人もやはり男達に取り押さえられて動く事はできない。 「大丈夫ですよ。ちょっとの間、寝ていただくだけですから……腕を。」 大男が嫌がる兄貴の腕をぐいっと掴むと、Jがそこに注射針を刺した。 「嫌だ……やめて……く……」 液体が体内に注入されるに従い、騒いでいた兄貴の声が途切れ途切れになり、ついに消えた。 「兄貴ーーーっ!」 「大声出さないで下さいよ。だから、寝ているだけですってば。さて、あなた方にはここでこれに着替えてもらいます。この家の物は何一つ持ち込み不可。連絡用のスマホはこちらで用意しました。あ、されているゲームの垢もこちらに移行しておきましたので、大丈夫ですよ?ただしこの先、あなた方が連絡を取れるのはご家族、ご両親とだけ。学校では今頃転学届けが受理されている頃でしょう。はい、下着も全てここで脱いで下さいね?空君は君が着替えさせてね?」 大男にニコッと笑いかけてから、俺達に向かってどうぞと病院できるような布切れと新しい下着を差し出す。受け取らない俺達の手に無理矢理それを掴ませたが、こんな所で裸になるなんてごめんだと俺は首を振った。 「だったら、そこの人達に手伝わせてもいいんですけど……どうしますか?」 俺と月を捕まえていた男達を見て、何をされるか分からない恐怖からごくりと唾を飲む。 「分かったよ!」 知らない男達に裸に剥かれる方が最悪だろ!こうなったら向こうが恥ずかしくなるくらいに堂々と着替えてやる! 心の中でそう自分に言い聞かせて服に手をかけた。 「陽……」 俺の手を引っ張る月を見ると嫌だという顔。仕方ないなとため息をついて、俺がやってやるよと言いながら月の服に手をかけた。 「顔、下に向けてろ。俺のことだけ見てれば大丈夫だから、な?」 恥ずかしさに震える月の上半身の服を脱がせて病院着を羽織らせてから、下半身を脱がせていく。すると月のが少しだけ硬く反応しているのが分かった。それを周囲には見えないように体をくっつけて下着を履かせてから前の紐を結び、俺も同じように着替えた。 「陽……俺……」 囁く月の潤んだ瞳にゾクっとする何かを感じながらも、深呼吸して、他のことを考えろと囁いてからJに向き直った。 「これで満足かよ?」 「えぇ、久し振りに若い肉体が見られて満足しました……って、冗談ですよ?はぁ、もうちょっとフレンドリーになりましょうよ?これからずっと私とあなた方は付き合っていくんですから。」 Jの言葉にはぁ?!と大声が出るが、Jはにこにこと笑ってリビングから出て行く為にソファから立ち上がった。

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