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第9話

「ちょっと待てよ!」 Jに向かって声を荒げる。 「まだ何か?」 Jが面倒臭いという顔でこちらを見て、ため息をつく。 「父さん達には、もう会えないのか?」 「そんな事はありませんよ。ただ、しばらく……そうですね、一年は無理でしょうね。」 「一……年……」 月の目に涙が溢れていく。 「だったら!だったら、もう少し別れの挨拶とか……」 俺の言葉にJがわかっていないとでもいうように頭を振った。 「気の済むまでなんて言っていたら、今日中に部屋まで行けませんよ?転入の手続きに制服の採寸、それと検査。もう、部屋は無理か……」 「こちらに準備させます。」 「ねぇ、一人部屋がいい?それとも一緒?」 聞かれて月と顔を見合わせ、一緒がいいと呟いた。 「俺も!陽と兄貴と離れたくない!」 月の必死な言葉にJの口が緩む。 「かぁわいい!でも、君達ってこれからずぅっと同じ部屋で過ごすんだよ?今夜くらいは一人部屋にしたら?」 「閉じ込められるのに変わりないなら、固まっていた方が得策だ。」 俺の言葉に、ふぅんと言いながら俺を見て「こっちは可愛げないなぁ。」と笑いながら言った。 「あんたに可愛いなんて言われたかねぇよ!それより、父さんと母さんに……挨拶させろ。」 涙で滲みかけた視界。 心配そうにこちらを見る両親の姿。 いい息子ではなかった。先生にも何回か呼び出された。それでも俺達を優しく厳しく見守り育ててくれた。 「いい家族なんだね?私も何回か付き添いで迎えに行ったことがあるけど、君達みたいにご両親を気にかけるのは稀なんだよね。時期みたいなのもあるんだろうけど、親から離れたいっていう子が多くてね。……仕方がないな。検査は明日にしよう。連絡よろしく。」 そう言ってJは大男に命じると再びソファに座った。 「でも、そこまで時間は取れないよ!長くてもあと……10分位かな?」 「10分……月、早く!」 うんと頷く月の腕を取り、父さんと母さんの元に向かう。 大男が兄貴を両親のそばの床に座らせ、その頭を母さんが自分の膝に乗せた。 「パパ……持って来て。」 母さんが父さんにそうお願いすると、父さんは黙って頷いて寝室に消えた。その後ろからは男が一人しっかりとついていく。 母さんの横に二人で座り、何も言えずにじっと俯いていると父さんが何か四角い板を持って戻って来た。 「それ、何?」 月の言葉に父さんが俺と月の手にそれを手渡して「お前達の兄さんで、空の双子の片割れだ。」と言った。 「え?!」 兄貴が辛そうにしながら母さんの膝から頭を起こす。 「起きたの?」 母さんの心配する声に頷きながらも、俺たちの手に渡された板を掴むとじっと見つめた。 「お前も双子だったんだよ。」 父さんの静かな声。 「名前……ない。」 そこには名前とわかる文字は確かに書かれていなかった。 「生まれた時には死んでいたんだ。母さんのお腹の中で、すでに……」 父さんは涙を我慢して顔が真っ赤。母さんは手で顔を覆い隠して肩を震わせている。 「だったら、兄貴がもしΩやαだったとしても、俺の運命の番じゃないって事だよな?」 俺の言葉にソファから答えが返って来た。 「寧ろ確率は高くなるかも知れないです。」 「何で?!」 ソファの方を皆が見る。 全員の視線を一身に受けても特に気にする事もなくJは話を続けた。 「双子同士で運命の番だったのにその片割れが死んだわけですよ?相手のいなくなった方はその血を辿る。その先が陽君か月君かは分かりませんけど。ただ、圧倒的にαもΩも数が少ない。なので分かっている事も少ない。まだまだこの分野は未知の世界なんですよ。その中で家族間でΩとαの両方の性が出てくるなんて奇跡的確率!ですから……」 「だったら兄貴はβかも知れないじゃん!それなら家に帰って……」 「多分、Ωですよ。私の見立て、高確率で当たるんですよねぇ。αのΩを嗅ぎ分ける力ってヤツが強いのかも知れないんですけど……なので、君達はこれから3人同室です。あ、用意できた?」 「はい。今夜の方も寮の方も大丈夫です。」 「そう。あ、時間の方も丁度だね!それじゃあ、行こうか?」 「え?!もう?」 月が母さんに抱きつく。 「ヤダ!行きたくない!」 それを見てJがあーあと言いながら指で頭を掻く。 「長引けば離れるのが辛くなる。特に君達みたいに仲良しな家族はね……でももう時間だし。」 Jが自分の腕時計を指で叩く。 「ヤダ!」 月は母さんにしがみつき、床に座り込んだ。 「だったら……さっきの空君みたいに寝てもらうけど、それでもいい?」 ビクッと月の体が揺れた。 「月、行こう。兄貴も……」 二人の肩に手をかけると兄貴が頷いてゆっくりと立ち上がり、手に持っていた小さな板を父さんに渡した。 「体に、気をつけてな。」 父さんが兄貴と俺を一緒に抱き寄せて力一杯抱きしめた。 「月も体に気をつけるのよ?空と陽と仲良くね?」 母さんが嫌がる月を立たせて抱き締める。 「おいで。」 父さんが母さんと月もその腕に抱き寄せ、俺達全員を抱きしめた。 「はい。そこまでにして下さい!それじゃあ、行きますよ。あ、ご両親はこちらで。これ以上のタイムロスは私が怒られてしまいますので。まぁ、数年すれば一時帰宅できるし、連絡は可能なんだから子供達が全寮制の学校に行ったくらいに考えて下さいよ。それに私、あまりに辛気臭いのは好きじゃないんで、全員を眠らせちゃいますよ?」 ふふふと笑ってソファを立ち上がる。 「行くぞ!」 俺達3人を父さん達から引き離して大男が言った。 「じゃあ、行ってくる。」 俺の言葉に兄貴も行って来ますと言い、月だけが何も言えずに泣き続けていた。 「行くぞ……」 月の肩を抱きしめ、頭をぽんぽんと叩きながら重い一歩を踏み出した。 玄関で母さんのいやぁと言う声が聞こえて振り向く。駆け出そうとする月の前に立ち塞がる大男。それを見て、俺の手が月の腕を掴み戻した。 「陽っ!行かせてよ!!」 「ダメだ!眠らせられたいのか?!」 俺の強い口調に月がぐっと黙る。 「ほら、母さんには父さんがついてるから大丈夫だよ。行こう。」 兄貴が俺達の背中を優しく押す。 それに促されるように月を引きずるようにして歩き出し、玄関前に横付けされたワゴン車に乗った。

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