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第18話

「匂い、感じますか?」 呆然としたままでいる俺にかけたJの言葉で意識が戻る。 「え?何?匂い?……いや、さっきまであんなにしてたのに……感じない。」 不思議そうな顔の俺に、それが番となったと言うことなんですよ。 そう言ってJは手を叩いた。 「良かったです。これでまた新しい運命の番が誕生しました。……とは言え、まだヒート状態は終わっていませんね?どうぞ?お二人の部屋に戻られて結構ですよ?」 ごゆっくりとでも続けそうなJをαの方がキッと睨むと、意識を失ったままのΩを敷いてある毛布にくるんで抱き上げた。 「あ、後で妊娠の検査をしますので、そちらの方もよろしくお願いしますよ?」 まるで追い打ちをかけるようなJの言葉に背を向けたままでクソっと舌打ちを残し、二人は食堂から出て行った。 「皆さんもどうぞ?お部屋に戻られて構いませんよ?」 縛られていたロープが解かれて、座っていた者達がそそくさと食堂を出て行く。 「なぁ?俺のはまだ解いてくれないのか?」 残された俺達とJ、そして大男達。 いやでもこの先に起こるのはあまりいいことではないような気がして、焦る心を隠すようにしながらJに尋ねた。 「んー、解いてもいいんですけど、これじゃあ辛いでしょ?月君も空君もね?私が手をお貸ししてもいいんですけど、ちょっと気になる事があるんですよねぇ。なので、月君はお部屋に戻っていてくれますか?」 男の一人が月を椅子から立ち上がらせて、ひょいと肩に担ぐとさっさと食堂を出て行こうとする。 「おい!ちょっと待てよ!月に何するつもりだ?」 大声でJにくってかかる俺に、手で耳を塞ぎながらさっさと月を部屋から出すように顔を振る。 「おい!連れて行くなよ!おい!」 「やだぁ!やめてよぉ!陽!助けて!兄貴ー!」 月の悲鳴が聞こえるが、俺は拘束されたままで動けない。唯一助けられるはずの兄貴は、全く動く気配がない。 何で動いて助けてやらないんだ? 兄貴がピクリとも動かない事に、心配よりも腹立たしさを覚えて、つい兄貴に向かって大声を出してしまった。 「兄貴!何やってんだよっ?!何で月を助けようとしないんだよ!なぁ!兄貴!」 俺の大声にようやくぴくっと兄貴の背中が動いたが、顔も上げずに俯いたまま。 「何やってんだよ!兄貴!」 Jがやれやれとでも言いたそうな顔で俺に向かって話し出した。 「そうやって大声ばかり出すもんじゃありませんよ?相手が何故そうやっているのか、見もしない、知ろうともしないでは話にもなりません。もうちょっと冷静になりなさい。あなたはすでにαとして覚醒しつつあるのですから、もう少し状況観察をしてみなさい。」 Jの言葉にぐっと声が詰まる。 「それと、月君には一切手は出しません。ただ、お部屋に帰ってもらっただけです。ほら、連れて行った者が帰ってきたでしょう?」 言われた通りに、食堂に月を連れて出て行った男が一人で戻ってくるのが見えた。 少しホッとすると、いままでは感じていなかった甘い匂いが鼻をくすぐった。しかし、それは微かに香る程度の薄い匂いだった。 「なんかさっきとは違うんだけど、甘い匂いがするな。」 俺の言葉にJが本当ですか?と驚いたように言って鼻をクンクンとさせた。 それが兄貴の側で何度もするものだから、兄貴から香っているとイチャモンでもつける気かよとカッとなって口を開こうとした俺を遮るようにJが口を開いた。 「しませんよ?でも、陽君にはするんですよね?ねぇ?検査結果持ってる?」 大男に手を出すとJの手にスッとタブが渡された。 「えっとねぇ……あぁ、なるほどね!空君、覚醒が始まっているね?さっきの二人のSEXを見て、少し早まったっていうところな?ふぅん、それにしてもこんな初期の覚醒段階のΩの匂いを嗅げるなんて、やっぱり運命の番って面白いなぁ!」 ねぇ?と俺に向かって同意を求めてくるが、俺は兄貴から流れて来ているという甘い匂いにゾッとしていた。 さっきの、Ωの匂いですらあんなふうに理性を保つこともできず、ただ抱きたい……いや、そんな優しい感情じゃなかった。ボロボロに抱き壊してやりたい!そんな凶暴な自分の感情を兄貴に向かって持つのかと思うと恐ろしさに身震いする。 運命は抗えない。 Jの言葉が脳をよぎっっていく。 だとしたら、あれ以上の欲望を兄貴や月に抱くという事……それを我慢なんて無理だろう?! 俺の顔色を見て、Jがニンマリと笑った。 「あぁ、陽君は自分の状況が理解できたようですね?それで、どうします?今ここで覚醒させますか?」 「は?!」 Jの言葉が何を言っているのか分からず、素っ頓狂な声を上げた俺を、Jが呆れた顔で見る。 「空君を今ここで覚醒させますか?どうせ我慢は無理だってことが理解できている今なら、しやすいでしょう?」 「おい、先生……もうちょっとデリカシー持ってやれよな。」 大男がJの話すのを聞いていて、あまりにひどいと口を出した。 「何が?デリカシー?持ってますよ!だから月君は部屋に戻してあげたでしょ?」 はあああああと大きくて長いため息を大男がついて俺に向き直った。 「ここでしてやらねぇと、兄貴の方な、相当苦しむぞ。今回は俺達は廊下に出ていてやる……だが、これを逃せば次は俺達の目の前で自分の兄貴を犯すんだ。どっちにする?」 「そんなのできるわけないだろうっ!?大体、何で他人の目の前でしなきゃいけないんだよ?」 「αの凶暴性です。」 Jの言葉にドキッと心臓が大きく鼓動を打った。 「あなた、先ほどのΩに抱きたいじゃなくて犯したい、ボロボロにしたい、壊してしまいたいという強い暴力的感情を持ちましたよね?」 まるで俺の心の中を見透かしているように話すJの顔から目が離せない。それを見たJがクスッと笑う。 「あぁ、別にあなたの心の中を読んだとかじゃないですよ?αはΩのヒートの匂いを嗅ぐと種の存続を一番に考える。すぐにでもそのΩを自分のものにしなければいけない。そういう強い感情が、暴力的となって表れるんです。ですから、歯止めが効かなくなったα、特にあなた方にはそういう経験はなさそうですし、暴走する確率が高いんです。だから、この人達がそれを制止するためにいるんですよ?」 話はわかるが、いきなりここでしろと言われても出来るわけないし、月と約束したのも反故になってしまう。 「空君、ちょっと覚醒が早かったようで、かなり今苦しい状態なんですよね?出したいのに匂いを出せなくて、そう、高熱で苦しんでいる感じに近いかな?」 え?! 言われてよく見ると、兄貴の体が小刻みに震え、床には汗の滴がポタポタと落ちている。 「兄貴っ!!」 大声で呼んでも動かない兄貴に、俺はJに向かって何とかしてくれと必死に頼んだ。 「ですから、覚醒させるか?と聞いているんです。そうすれば匂いを出すこともできて落ち着きますが、その代わりにあなたとここで番になっていただきます。覚醒剤もそんなに数量ないし、結構高価なものなんで、あまり使えないんですよ。だから、飲ませるならあなたが空君を番にするという条件付きです。こちらもボランティアでやっているわけじゃないんです。もし長引けば先ほどみたいにということもやらざるを得ません。あなた方にはそれだけの国家予算がかけられているんです。まぁ、表には出ない予算ですけど……で、どうしますか?」 Jの言葉が俺を追い詰めていく。と、その時、ガタンと椅子と一緒に兄貴が床に倒れた。 その顔は真っ赤で、服の上からでもわかるほどに汗をかいている、苦しそうに口から吐く息……心配するはずの俺の心とは逆に背筋にぞくっとした悪寒が走り下半身が反応した。 「なぁんだ、する気十分じゃないですか!?だったら話は早い。薬ちょうだい!」 大男がJに薬を渡し、それをJが兄貴の口に入れる。 ごくりと兄貴の喉が鳴るとJは満足したように頷いて、俺たちの前のくっつけられたテーブルに毛布を敷かせ、そこに兄貴を寝かせた。 「初めてだから少し時間はかかるけど、やり方はさっき見たから分かるよね?それと我慢すればするほどαは凶暴性を増すっていう結果もあるから、お兄さんが大事ならさっさとやらないと、ダメだよ!」 Jの言葉に大男がため息をつきながらデリカシーと言って俺の縄を解いてからJと連れ立って扉に向かって行く。 「何かあったら大声を出せと理性があるうちに兄貴に伝えろ。俺達が助けに入る。」 そう言い残して、扉が閉まった。 広い食堂に俺と兄貴だけが残され、俺はどうしたらいいのか分からず呆然と床を見つめていた。

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