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第25話

「おまっ!何やってんだよ?!離せって!月!」 「陽の体、俺よりも筋肉質になってる……それに、そこも。何で?」 月の腕を離させようともがくが、まだ覚醒したばかりの体はどれくらいの力が出るのか分からないので結局は身を捩る程度しかできず、月の体を離せなかった。 「αとして覚醒したからだってさ。なぁ、頼むから出ていてくれよ?俺たちの抱き合う姿なんて見たくもねぇだろう?」 「それって俺がいれば兄貴を抱かないってことだろ?だったらずっとここにいる。」 「はぁ?!」 「陽、早く抱いてよ!月、邪魔しないで!」 「そうですよ、月君。」 いきなり部屋の中に響き渡るJの声。 「どういう事だ?」 驚いてJの姿を探すが、その声が部屋に備え付けられたスピーカーからだと分かり、3人で顔を見合わせる。 「カメラとか盗聴器はついてると思っていたけど、何で防音仕切りの中で話している声まで聞こえてるんだ?」 俺達の行動が監視されているだろう事は分かってはいたが、まさかこの防音仕切りの中の声まで筒抜けだとは思わなかった。 空をこの中に入れた意味、なかったのか。 ちっと舌打ちする俺にJの声が答えた。 「さすがにその中にはカメラはありません。盗聴器だけですよ。ですので、私達を欺こうなんて考えはさっさと捨てた方がいいですよ?それから、お邪魔なようなので月君にはこれから検査を受けてもらいましょう。今から迎えが行きますので、大人しく指示に従って下さいね?」 「何の検査だよ?俺は月には手を出さないって言っただろう!検査したって意味がないんだから、そんなのするなよ!」 「そうは言われてもですねぇ、連れて来た者は帰すことはできないという規則があるんですよねぇ。」 「はぁ?そんなの聞いてないぞ!」 月の顔が青ざめて体が震え、俺から手を離して床にしゃがみ込んだ。 「嘘……嘘だ!」 「私、冗談は言いますけど嘘は言いませんよ?」 その時、ノックする音と共に扉が開き、あの大男が仕切りを開けて中に入って来た。 「おい!先生!この双子の方でいいのか?」 しゃがんだままの月の腹に腕を回すとそのまま肩に担ぎ上げる。 「おい!月を返せ!」 「陽君、あなたには空君のヒートを治すっていう大事な役目があるでしょ?月君は大丈夫。身体検査みたいなものですから。そんな悪の組織みたいに変なことはしませんから、ゆっくりと空君を抱いてあげて下さい。それじゃあ、連れて来て下さいね!」 プツッと音が切れて部屋にしばらく余韻のように広がっていた反響が消えると、大男がじゃあなと言って月を担いだままで部屋を出て行こうとする。 「待てってば!」 大男は俺の掴もうとした腕を空いている手で振り払うと、クイッと顔を空の方に向けた。 「あいつ、さっさと抱いてやらないとずっと辛いままだぞ。ヒートは約一週間続くんだ。落ち着かせられるのはαの精液だけ。だが、それもしばらくすればまた衝動が襲って来る。その度に相手をしてやるんだ。一度、ヒートになったら、不定期だが大体数ヶ月に一度の頻度でやって来る。それはΩにとって辛くて苦しくて、そして一番幸福な時なんだ。だから、番となったらともかくヒートの時だけでも相手を抱いてやれ。いいか?」 「抱かなかったら?」 「番となったΩはそれ以外の奴を受け入れようとはしない。だから、ずっと媚薬を飲んだ状態のままで、我慢し続けるって感じかな?それと、番となったら相手が嫌いでも憎くてもヒート時のΩはそのαの事しか考えられなくなる。特に運命の番はその衝動が強く抗えない。だから、相手を想うなら、ヒートじゃない時にきちんと抱いて愛してやれ。そうしないと、αも辛いが、ヒートの終わった後のΩが後悔するし辛いだけだ。分かったな?」 「あんた、よく知っているんだな?」 「まあな、俺もΩだから……知っているんじゃなくて実体験だ。」 「え?!Ωでもこんなにガタイがいいのか?」 俺の驚きの声に大男が何だそれ?と笑った。 「俺は元々、鍛えていたんだよ。それに発症も遅かったしな。ここに連れて来られたのも道の真ん中でいきなりヒートになっちまって、襲って来た奴らをぶん投げていた所に警察が来て保護されたって言う、変わり種だ。」 その話に、Jの言葉を思い出した。 月が家に戻ってから、もしもこの男と同じようなことがあったらどうなるんだろうか?月ではぶん投げるなんてことは到底できない。先輩が月を番にしてくれればいいが…… 「なぁ、βとでもΩは番になれるのか?」 「あぁ、それはまだ未確認って奴だ。外国では何組かいるらしいが、本来Ωのヒートはαの精液でしか楽にはなれない。だから、その時だけαに抱いてもらうのか、あるいは我慢するのか……俺でも後者は無理だな。あれは我慢できるとかいうもんじゃない。そっちのΩはお前の精液がまだ残っているからああやっていい子で我慢しているけど、もしそれがなかったらすぐにでも自分で手を突っ込むくらいのことはするぞ?一人でし続けて、ともかくその衝動を少しでも落ち着かせるしか手立てがないんだ。」 「そんな……」 月がようやく口を開き、大男に下ろして下さいと呟いた。 「逃げませんし、ちゃんと付いて行きます。」 大男が分かったよと言いながらよいしょと月を下ろすと、月は大男に向かって尋ねた。 「だったら、俺が抑制剤を飲んだら?一生、毎日飲めば、ヒートは来ないんでしょう?」 その質問に大男が首を振る。 「抑制剤はヒートの状態を抑えはするが、後回しにするって位のもんだ。大体、ヒートを抑制なんて、この状況じゃまだまだ無理なんだよ。それに副作用もかなりキツいと聞いている。それを毎日飲むなんて、高価だし無理だよ。」 「じゃあ、Ωはαとしか……そんなの……」 月の絶望が部屋を覆う。 「俺も、ずっとここで暮らしているが、慣れればいい所だぞ?Ωって言うだけで一般社会では変な目で見られる。ここでは半数がΩだからな、そう言うことは一切ない。それに、住居も仕事も与えられる。お前達は学校にも行ける。いいか?俺達はここで生きていくしかないんだ。もっとαやΩのことが分かれば一般社会でも生きていけるようになるんだろうが、今はそうじゃない。いいか?無駄なことは考えるな!ここで、αと番になり、Ωとしての人生を生きるんだ。」 最後はまるで自分に言い聞かせるようにして、大男が月の背中を行くぞと押す。 「それでも、それでも俺は諦めない!どんなに非道でも月を先輩に会いに行かせてやる!家に帰らせてやる!」 「先輩?何の事だ?」 言ってからしまったと思い、何でもないと口を閉じた。 月は俺の言葉も聞こえていないらしく呆然と床を見ている。 「ほら!先生が待ってる。いいか?さっさと楽にしてやれよ!」 月を押しながら歩かせ、大男が月と共に部屋から出て行く。 「一週間のヒートか……それでも俺はやっぱり空を抱きたくないよ!空、我慢できるだろ?な?」 俺がようやく一人になったのを見て空が俺の元に飛んで来た。 「なぁ、早く抱いてよ!陽、俺のこと早く楽にして?早く!」 そう言って空が俺の手を掴んでベッドに連れていく。どんなに嫌いでも憎くてもヒート時のΩは番となったαのことしか考えられなくなる……か。ごめんな、空。これからは俺も我慢して空を抱かないから。今だけ、今だけ我慢してな? 泣きそうな顔で空の唇を塞ぐ。 「好きだよ、空。愛してる……愛してるよ……兄貴。」 甘い匂いがまるで全身の穴という穴から俺の中に侵入してくる。ゾワッと全身の毛が総立ちするような感覚に理性はとっくに頭から追い払われ、俺は空を潰してしまうほどに抱きしめた。

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