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第29話
次の日の朝、月はいつも通り一人学校に行く用意をして、仕切りをほんの少しだけ開けると、背中を向けたままで「行って来ます。」と言って部屋から出て行った。
「空、お早う。具合はどう?」
その声に目を覚ました俺はいつものように腕枕で寝ている空の額に唇を当てると、空の目がいきなりパッと開いて体を起こした。
「びっくりした!どうしたんだよ?怖い夢でも見たか?」
その時、いつもなら空が動くだけで俺の鼻を刺激するあの甘い匂いがないことに気が付いた。
「ん?空、もしかしてヒートが終わったのか?」
良かったなと空に声をかけるが、空は心ここに在らずといった感じで立ちすくんだまま。
「なぁ、どうかしたのか?どこか具合でも悪いのか?」
俺の方に向けようとその腕を引っ張ろうとした瞬間、空が大声を出した。
「触るな!触らないでくれ!」
ぶるぶると震える体、青ざめる顔、真っ白になるまで噛まれた唇。
「空!なぁ、本当にどうしたんだよ?マジで顔色悪いし……」
肩に触れようとした手を今度はパシっとはたかれ、俺は呆然としたまま空を見つめた。
「空じゃない……空なんて呼ぶな!俺はお前の兄貴だ!やめろ……嘘だろう……俺……」
そう言うと、ベッドに突っ伏して嗚咽を漏らし出した。
俺は何が何だか全く分からず、ともかく空の気持ちを落ち着けようと背中から覆い被さるようにして抱きしめたが、これが失敗だった。
「やだ!やめろ!離せ!離してくれ!やめろーーーーーー!」
騒ぎ、俺の腕の中でジタバタと必死に手足を動かす。俺はともかく落ち着かせたくて、力を込めて抱きしめるしかできなかったが、空のばたつかせた手が俺の頬にバシッと音を立てて当たり、その熱と痛みにカーッと頭に血がのぼった俺は、空を無理やり仰向けに寝かせてその上に跨った。
「空、いい加減にしろよ!なんなんだよ一体!」
俺に組み敷かれても空の騒ぎは収まらず、俺はいい加減頭に来ていた。
「やめろ!俺に触るな!ふざけるな!やめろって言ってるだろう!触るな!」
いつもの温和な兄貴とのあまりの違いと、言葉の通じないイライラに抑えていた怒りが爆発した。
「空!いい加減にしろよ!これ以上ふざけた態度を取るつもりなら、拘束するぞ!」
「拘束」と言う言葉に一瞬動きを止めた空だが、すぐにまたヤダヤダと騒ぎ出してどうにも手がつけられない。
だったらと、Jが言っていたベッド脇の棚を漁るとローションや避妊具と一緒にネットなどで面白半分に見ていた色々な玩具と呼ばれる物も入っていた。
「まったく、こんなのまであるのかよ……」
そう言いながらガチャガチャと見ていると、プレイ用と思われる手錠が出て来た。
「これでいいか。」
手錠を二つ取り出して暴れている空の手首に一つずつ付けてからベッドの柵に取り付ける。
「何してるんだ?おい!陽、やめろって!俺に触るなって言ってるだろう!」
「はぁ?何でだよ?俺達はもう番なんだから俺が空を空と呼ぶのは当たり前だし、この体に触るのも当たり前だろう?昨夜だってセックスしたんだし、今更何言ってるんだよ?」
「言うな!あれは……違うんだ。あのヒートの時の俺は俺じゃないんだ!だから、もう触らないでくれ!いや、触らないで下さい。お願いします。」
「何だよ、それ?そんな言葉遣いすんなよ!」
「お願いだから、俺を番から解放して下さい。こんな……兄弟でなんて……俺はもう死んでしまいたい……」
顔を下に向けた空の肩が震えている。
「そうか……でもな、もう空は俺の番なんだよ?今更、こんなに気持ちいい空の体を俺が手放せるわけないじゃん!今だってさ、ほら見て?」
空の目の前に腰を突き出す。
「え?やめろって!俺の体で反応するなんて、そんなのやめろって!勘違いだって!」
上を向いて反応している下半身から目を逸らすが、その喉がゴクリと鳴ったのを見逃さなかった。
「ふぅん?嫌だとか言う割には俺のこれ見て反応してんじゃん?なぁ、言えよ?昨夜みたいにさ、欲しいって。空、言えよ!l
「だから、ヒート中の俺は俺じゃないんだって!やめろ!本当にもう俺に触らないでくれ!お願いします。」
頑固に俺を嫌がる空にふとJが何かそんな事を言っていたなと思い出した。
一応は落ち着いたと思って番や二人の事を話したが、あれも全てヒート中では何の意味もなさないと言う事か。特に番となると俺の事しか愛せないし欲しがらない、考えられないって言う風になるらしいから、どんなに落ち着いているように見えていても結局は空の真実の思いではなかったと言う事だったのか……だったら、ヒートの終わった空と番になればいいって事だよな?
今も俺の下でなんとか逃れようと騒いでいる空を見つめながら、俺の中から湧き出るドス黒い欲望を止めることはできなかった。
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