36 / 66

第36話

そうやってソファーで眠るようになって数週間が過ぎた。 兄貴がヒートになってしまい行かれていなかった学校にも通い始め、少しずつ顔見知りも増え出した。 ただ、ここは普通の学校とは違ってクラスというものがない。自分に合った勉強というか好奇心を満たすための場所。さまざまな書籍や教材の中から個々に合ったものを自分なり検査での結果なりで見つけて学ぶ。なので、教室というものもなく、時間割もなく、やりたい時にやりたい事をする。学校と言うには自由すぎて初めは面食らったが、α性に覚醒した時に出てくる才能を伸ばすと言う事らしいので、なるほどと納得。しかし覚醒していない俺にとっては、何をしたらいいのか分からず、なんとなく本を読んだりして一日を過ごしていた。 これがΩ性になると、普通の学業を普通に教室で時間割通り行なっているらしい。と言うのも、ヒートや色々な事があるΩの場合は、学業というよりも相談し合える仲間作りの為の学校と言う位置づけのようだった。 少しすると、寮の談話室などで兄貴や月が他のΩと話しているのを見かけた。 楽しそうな時もあれば深刻そうな時もあり、時には泣いている相手を慰めているような場面にも出くわした。だが、俺の視線と合うと二人とも向こうに言ってろというようにぐっと睨むような目つきをするので、いつの間にか俺はそういう場面に出くわすと、くるっと後ろを向いて、他に行くようになった。 夜はもっと辛辣だ。消灯の時間になると月と兄貴が仕切りを閉めながら俺のベッドに入り込んでくる。やめろと言っても、二人とも俺に抱きつくようにして離さない。 「いい加減にしてくれっ!」 叫ぶ俺に、二人は顔を見合わせて俺から体を離すと、おやすみと言って目を瞑る。 そのまま寝ようとした事もあったが、結局は夜中に体をこすりつけてきて寝られたもんじゃない。結局、二人が離れた瞬間、毛布を持って部屋から飛び出してソファーに横になるという状況が続いていた。 俺と同じようにΩから逃げているαの作るソファーの塊が、最初の頃よりも少なくなってきた頃、二人が引っ付いてきてどうしようもなくなった休日、それをひっぺがして食堂で一人コーヒーを飲みながら本を読んでいた。 「頑張っていますね。」 聞き慣れた声に顔を上げることなくどうもと答えると、本がいきなり俺の手から取り上げられて、目の前ににっこりと笑うJの顔。 「何すんだよ?」 取り上げられた本を取り返して声を出すと、Jが再び本を取り返して表紙を見る。 「α性の覚醒……こんなの読んだって、あなたのことが書いてあるわけじゃないんですよ?無駄な時間を過ごすより、私と話しましょう?」 「あんたと話す時間の方が俺には無駄に思えるけど?」 ふふっと笑って本を近場のゴミ箱に投げ捨てると、Jが俺の言葉を無視して話しかけてきた。 「まだ、ソファーで寝ているんですね?」 「だから?」 「あなたは空君と番になったんですよ?それなのに覚醒する事を遅らせようとしている。一度覚醒しているんですから、番としての行為に及べば自ずと覚醒するはず。月君もあなたの覚醒を促そうとヒート誘発剤の使用を申し出ています。」 「はぁ?ふざけんなよ!俺の体を好き勝手にすんじゃねぇよ!」 ガタッと椅子を倒す勢いで立ち上がる俺に、Jが座りなさいと静かに言った。 「くそっ!」 言われた通りにするのは癪だが、ここでのJは俺たちをどうにでもできる立場にある。 ヘタに逆らえば…… 脳裏にあの双子のことがよぎる。 言われた通りに座り直すが、せめてもの抵抗に顔はそっぽを向いたまま。 自分でもガキくさいとは思うが、この程度しかできないのも事実。 「そろそろ、時間切れ……分かりますよね?」 しかし、その言葉に焦った俺が顔をJに向けて、テーブルに拳を打ち付ける。 「待ってくれ!月には好きな先輩がいるんだ!俺は兄貴と番になった。だから月は先輩のところに帰してやって欲しい。頼むよ。」 「月君は陽君との番に乗り気のようですけど?」 「それは、それはきっと俺と兄貴の……その、そういう事を見て、なんとなくおかしくなってるだけだよ。あいつはずっと先輩が好きだったんだ。だからさ、俺と兄貴がここに残るから、月だけは頼むよ!」 「そのお話はあなたが覚醒した時にもしたと思うのですが?あなたはあの時、月君も自分の番にしようとしていたじゃないですか?」 「あの時の俺は自分が全てを支配するっていう気持ちで、でも今は違うんだ。最初の約束通り、俺は月を先輩のところに行かせてやりたい。そうしたら俺、ちゃんとα性に覚醒するし、兄貴ともきちんと番としての役割を果たすから!だから、頼むよ。」 「ふぅむ……」 Jが真剣な顔で考え込む。これは少しいい感触なのではと思い、俺は懸命に何度もJに頼み込んだ。 「分かりました。少し考えさせてくれますか?ともかく今日のところは何も言うことはできません。色々と相談してみないといけませんし。ともかく、時間切れ前には答えを出しましょう。」 そう言ってJは俺を無視するように席を立つと、何やらぶつぶつと言いながら食堂を出て行った。 「これはもしかしたらいけるかもしれないんじゃないか?」 Jの想定外の態度に、月を家に帰すという約束を守れそうになった俺は嬉しくて、ゴミ箱に捨てられた本のことも忘れて、Jの後を追うように食堂を出て部屋に向かった。

ともだちにシェアしよう!