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第38話

「どうした?!」 後ろから兄貴が近付いてくる。俺は何か嫌な雰囲気を察知して大声を出した。 「2人ともそこにいろっ!」 「あぁ、皆さんお揃いですか……丁度いい。んっ!」 Jが大男に向かって顎をしゃくると、大男は俺に一瞬すまなさそうな視線を送って俺の横をすり抜けるように部屋の中に入り、2人のいるベッドに向かって行った。 「あ……おい、待てよ!」 伸ばした手を後ろからJに掴まれ、扉を閉めながら部屋に押し込められる。 「何だよ?なぁ、J!」 俺の大声にも全く動じずに俺を引きずるようにしてソファまで歩くと、座りなさいとα特有の人を威圧する声で命じた。 「……くそっ!」 覚醒していれば抵抗もできるのだろうが、今の俺では悪態をつくのが精一杯。 顔を背けてどかっとソファに座る。 「やめろ!月ぃ!!」 兄貴の声に立ち上がりかけた俺の肩をJが押し戻して動くなと首を振った。 いつものJとは違う冷たい目に、俺は黙って座るしかなかった。 「やめ……」 ザッという音と共に、兄貴の声が消えた。 「あの防音は、本当に完璧なようですね。」 Jの言葉に兄貴の声の聞こえなくなった理由がわかって少しホッとするが、そのすぐ後に聞こえた月の声で再びソファから立ち上がった。 「やめろ!!何だよそれ?!ヤダ!!口に入れるなぁ!!」 「何してんだよ?!」 Jの手と声に一瞬怯みそうになった心と体を奮い立たせてソファからベッドに走る。 「何してんだよ?!」 月のベッドの上で、大男が月に馬乗りになり、口を手で押さえていた。 「んーーーーーー!!」 月が俺を見て、涙目で顔を振る。 「やめろよ!退けよ!!」 その時、月の喉が上下に動き、月の顔が青ざめると同時に大男が手を離して月の口を指で無理やり開かせて確認するようにジロジロと見ると、俺が居ないかのようにJにいいぞと報告してベッドを降りた。 「陽君をこちらに。」 「行くぞ!」 大男に担ぎ上げられ、抵抗する間も無くソファに再び座らせられた。 「何なんだよ、これ?!」 「静かに……相手が驚いていますよ?」 相手と言われてテーブルを見ると、いつの間にか置かれていたPCの画面に懐かしい顔。 「秀……先輩……?秀先輩!!」 「陽!大丈夫か?陽!!」 「ほぉ、陽君を見分けられるんですか?」 Jの質問に先輩が俺を見たままで答えた。 「当たり前だ!ずっと見ていたんだから……」 「え?!」 「俺、ずっと陽を見ていた。入学してきた時からずっと。」 「秀先輩?え?!どういう事?」 「先輩が好きなのは陽君って事ですよ。あなたも大概鈍いですねぇ。」 はぁとため息をついてJが口を出す。 「だって、先輩を好きなのは月だから……」 「お前はどうなんだよ?!お前は俺の事をどう思ってるんだよ?!」 「好きだよ。陽は先輩の事がずっと好きだったんだ。」 フラフラしながら月が歩いてくるのが見えて、立ち上がりかけた俺の横を大男がさっとすり抜けて月を抱き上げると、そのまま俺の隣に座らせた。 「先輩を好きなのは月だろう?!」 隣にある同じ顔に食ってかかる。 「嘘だよ。俺はそういう感情を流しただけ。自分の心に素直になれば?」 言われて顔が赤くなる。 「違う!俺は……俺は、だって……」 「なるほど、両思いだったんですね?という事は、月君は知ってて邪魔をしたと?」 Jの言葉に先輩が月!と大声を上げた。 「応援するって言ってくれたじゃないか?どういう事だよ?!」 「応援なんかする訳ないだろう?俺だって……俺の方がずっと陽を好きだったんだから!」 「お前……騙したのか?!俺をずっと!」 ヒートアップしていく2人の間にJが割って入った。 「熱くなっているところ申し訳ないんですけど、そういうのは私にとってはどうでもいいんですよ。この方があまりにもあちこちに連絡するものですから、私の方にクレームが来てましてね。まったく、愛という感情とは恐ろしいものです。」 大きなため息をつくJを無視して、俺は嬉しくて画面にくっつくように身を乗り出した。 「先輩、本当に俺を探そうとしてくれたの?」 「当たり前だろう?探すし助けるって言ったんだから!それに俺は俺の気持ちを伝えたかったんだ。だから……」 「はい、そこまで。」 Jがパンと手を叩いた。 「何だよ?」 「これ以上は双方が辛くなるだけですからね……そろそろ匂ってきませんか?」 「匂うって……っ!?」 ばっと鼻を両手で押さえる。 「無駄な事はしない方がいいと思いますよ?月君、お加減いかがですか?」 「熱い……熱くて……αが、欲しい。陽の……陽が欲しい!!」 真っ赤な顔で息を荒くして、潤んだ目で俺を見上げる。 「やめろっ!!こんなの、酷すぎる!!」 「おや、先輩も陽君の状況が分かって、陽君も先輩の事を諦められる良い案だと思うのですが?ねぇ、月君?」 「俺、先輩に見せつけてやりたい。陽が俺を抱いて腰振ってるとこ見せつけてやりたい!」 「やめろ!!月!!」 悲鳴のように月の名を叫ぶが、体は脈打ち、覚醒したあの時のように支配欲が俺の心から他の感情を排除していく。 「離れろ!離れてくれ!!月、頼むから!!」 「陽!!どうしたんだ?!陽!!」 「先輩の方はお静かに。今から陽君がαに覚醒するんです。そして、月君と番になる。あなたはそれを見届けるのですよ。」 「覚醒……番……って、そんなの見たくねぇ!!やめろよ!!陽!!俺の声を聞くんだ!!陽!!!」 「うるさいですねぇ。音量を下げて……これで静かになった。」 画面の向こうの先輩が必死に口を開くが、その声は俺には届かない。立ちあがろうとする先輩に見知らぬ男が先輩が動けないように体を拘束しているのが見えた。 「先輩っ!!」 「大丈夫ですよ。ただ、あなた方の番の証人として見届けて頂くだけですから。さぁ、そろそろ月君も準備ができたようですね。私は部屋を出ますが、彼はここに見張りとして置いていきます。先輩によぉく見えるように番って下さいね。」 「っざけるな!!」 殴りかかろうとするも体に力が入らず、部屋から悠々と出て行くJの背中を見送ると、俺は先輩の目から視線を逸らすように月に向き直った。 「お前……」 「ごめん……でも!俺ずっと陽が好きだった。陽がαで俺がΩだって分かった時も、嬉しくて飛び上がりそうだった。廊下で先輩に会って、呆然とする先輩の顔を見て、勝ったって、これで陽は俺のモノだって思った。まさか兄貴までΩだとは思わなかったけど、兄貴とならうまくやれる。俺、ちゃんと陽を半分こできるから、だから俺を陽の番にしてよ!」 泣きながら俺の胸に顔を埋める月。 「月……」 その肩に手を置いて体から離そうとした瞬間、月の唇が俺の唇に触れた。 「月、やめろ!!」 「やめない!!陽に俺の匂いで覚醒してもらうんだ!!」 「月っ!!」 唇を舌で舐められ、我慢できずに少し緩んだ口に月の舌が押し入れられ、それと一緒に月の甘い匂いが身体中に染み込んでいく。 「もっと俺の匂いを感じて!もっともっと!!俺だけで体も頭の中もいっぱいにして!!」 月が俺に体重をかけて押し倒し、舌を絡めて熱い体を押し付けてくる。 「つ……き……俺の……月!!」 頭がクリアになり、目の前のΩの匂いを求める…その匂いの出ている体を支配して番にする。孕ませて子を、子孫を残す。 「俺と番になれ!!」 言葉が口から出た。抗えない欲望。 「陽!嬉しい!!番になる!!だから早く俺を抱いて!!」 「陽ーーーーーーーーっ!!!」 聞こえないはずの先輩の声が聞こえた気がしたが、俺はそれを無視して月の体を支配するように俺の体ごと反転させて馬乗りになった。

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