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第40話

シンと静まり返った部屋。聞こえるのは俺と月の荒い息遣いだけ。 パチパチパチ 突如、開いた扉から拍手しながらJが入って来た。 「お……っまえ!!」 血が一気に頭に上り、考えるよりも先にJに飛び掛かっていた。 「おっと!確かにα覚醒したようだな。危うく取り逃すところだった。」 大男の腕が俺の行く手を遮り、羽交い締めにしたままでJからズルズルと引き離していく。 「っざけるな!!俺はαだ!!Ωのお前が俺に対してこんな扱い、有り得ない!!即刻、俺を離せ!!」 頭に血が上り、言語能力も判断能力も覚醒したαのそれとはほど遠い。だが、俺は喚き続け足掻き続けた。 「まったく……見てごらんなさい。先輩が困ったお顔でこちらを見ているじゃありませんか?覚醒したのならば、αの格を貶めるような行為は困ります。」 お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんと言いながら、Jがテーブルの上のPCに向かって微笑む。 「あ、いや……そんな、俺こそ……」 そう言って、画面の向こう側の先輩が跨っていた男が後処理するのを自分でやるからと顔を真っ赤にして後ろを向いた。 画面から拭く音と衣擦れの音がして、先輩が大きく息を吸ってからこちらを向いた。 「さて、月君も陽君も何かを羽織りなさい。それとそろそろ何も聞こえずに悶々としているもう一人の番にも出て来ていただきましょうか?」 Jの言葉に、俺をソファに座らせた大男が頷いてベッドの方に向かう。 「もう一人の、番?」 先輩が目を丸くして俺を見る。 「Jっ!!先輩はもういいだろう?俺はこうやって月とも番となり、αとしても覚醒した!!もうこれ以上、先輩を巻き込むな!!」 「陽……俺、あんな姿見せておいて今更だって言われるかもしれないけど、お前のこと諦められない!」 「先輩……?」 「やっぱりあの程度では諦めては下さいませんか。困りましたねぇ。あまり強い言葉を使うと怒られるんですけどねぇ……」 Jはそう言うとベッドから空を抱き上げて来た大男に目線をやって大きくため息をついた。 「これから言う事はあなたが私に言わせているんですよ?さっさと物分かり良く陽君を諦めてくれていれば、私だってこんな酷いこと言わなくて済んだんですからね?全てはあなたの責任なんですからね?」 そう捲し立てると、もう一度大きなため息をついて口を開いた。 「あなたは所詮はβという私達にとっては何の意味もない一般人です。それが陽君を好きだの、諦められないだの言う権利などないのですよ。一切、全く、微塵も……分かりますか?あなたのような取るに足らない方がαとどうこうなろうなんて、今のこの現状では有り得ない、皆無です。」 おい、と大男が空を俺の隣に座らせながらJに声をかける。 「いい加減にしておけよ、先生。まだガキだし、本当の意味でαやΩの事が理解できているわけではない。その辺で勘弁してやれ。」 大男の言葉に、だが!と否定の意を示したが、画面の向こうで唇を噛んで肩を震わせている先輩を見て小さく舌打ちすると、どかっともう一つのソファに座った。 「悪いな。だがな、先生の言っている事が現実なんだ。こんな状況まで見せたのはあんたの、なんて言うか頑張り?にだな……」 「頑張りなんて言わないで下さい!!私がこの方のせいでどれだけ色々な方から嫌味を言われたと思っているんですか?!まったく、忌々しい!!」 大男の話に割って入り、言いたいことだけ言うと、フンと鼻を鳴らして横を向いた。 「あぁ、まぁ……何て言うか……αとΩ、特に兄弟や双子で異なる性を持った場合、運命の番の可能性が高く、Ωの覚醒によりαの兄弟はその誘惑に抗うことはできず、どこでだろうと肉体関係を結ぼうとする。それがたとえ両親の目の前であろうと……だ。」 「嘘……だろう?」 先輩の顔が青ざめていく。 「あんたも実際、見たじゃないか?どんなにあんたを好きだと言っても、Ωの……双子の兄妹の覚醒した匂いを嗅いだ途端に、獣のように覆い被さったαの姿を……これが事実なんだ。この事が分からなかった頃、悲しい事件があちこちで起こり、親が番となった子供達を手にかけると言う事案まであったんだ。」 ぎゅっと両手を握られ見ると、月と空が俺の手を握り、涙をこぼしていた。 「大丈夫か?」 つぶやき声で尋ねた俺に二人とも小さく頷くが、一歩遅ければ俺達もと言う恐怖が俺達3人の上に重くのしかかっていた。 「いくつかの家族が崩壊した頃、ようやく国は異性別の兄弟の保護に乗り出した。」 大男の話を受け取るようにJが話出す。 「その裏には兄弟間、特に双子による番での運命率、そしてα出生率が研究結果として出されたんですよ。国は特殊性のαを多く生み出す事で外国と差をつけようとしている。覚醒したαは天才と呼ばれている方々を軽く飛び越え、今や世界を動かす存在です。国としては一人でも多くのαを生み出す存在が欲しいだけ。その為、年端もいかないあなた方にですら子を産めと強要する。申し訳ないと思いはしますが、家族の中に、いえ、一般社会の中にあなた方を置いておくリスクを考えれば、現状がベストと言えないまでも許容していただくしか有りません。」 「俺達を、家族を守る為……?」 月が呟いた言葉にJが頷く。 「本当は事実をお知らせする気はありませんでした。あなた方の肉体はここで一生拘束されますが心だけは自由でいてほしかった。国はそうは言ってもあなた方を守っていると言うことに変わりはありません。ですが、それだからと言って国にイエスだけの、αとしてのプライドを売り渡すような事はして欲しくはないんです。」 Jの言葉に鬼気迫る何かを感じ、そちらを向くとじっと一点を見つめたJの目がキラッと光った気がした。 「そう言う事だからさ、あんたも諦めてくれよ。あんたの事で嫌味を言われるたびに、俺が困るんだ……っと、ともかくもう分かったよな?分かってくれたよな?」 大男の言葉にじっと下を向いたままだった先輩が激しく首を振った。 「話は分かりましたが、俺は陽を諦める事は出来ません!」 「はぁ?!」 「おい!いい加減にしろよ?」 Jと大男が同時に大声を出した。俺もこの流れではさすがの先輩でも諦めてしまうだろうと思っていたので、口を開いたままで画面の中の先輩の顔を凝視した。 「αとΩの話は俺も色々と調べて勉強しました。先程の研究結果も偶然見る事が出来たので大体の予想はついていました。それでも!あんた達にとっては取るに足らない存在だとしても、同じ生命を持った者として、自分の人生を悔いなく生きたいんだ!陽に番がいようとも俺は構わない!俺は陽が好きなんだ!!」 「先輩……」 盛大な告白に嬉しさからつい吹き出してしまう。 俺をずっと助けようと、きっとあちこち連絡したりして手がかりを見つけようとしてくれたんだろう。それがあまりにも目に余る行為だった為、こうやって俺は先輩と画面越しでも会う事が出来た。先輩の気持ちも聞く事が出来た。 もう、十分だよな? 俺自身に問いかける。 「先輩、ありがとう。ずっと俺を探してくれて、助けようとしてくれて……それと先輩の気持ちが聞けて本当に嬉しかった。ありがとう、先輩。」 それだけ言うのがやっとだった。握られた二人の手を離すと、俺はソファから立ち上がりベッドに向かった。仕切りを閉めてベッドに転がり込むと我慢していた涙がこぼれ、嗚咽が口を突いて出た。防音の仕切りに守られた空間の中で、俺は枕に顔を埋めたまま泣き続けた。

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