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第49話

「どこまで行くの?なぁ、陽ってば!!」 後をついてくる月が声をかけてくるが、足が止まらない。止められない。 止まったら、子供のように大声で泣き出してしまいそうで…… 「陽!!もう、まずいって!!ここ、何処だよ?」 何度呼びかけられても止まらない俺の耳に月の少し怯えた声が届き、ふっと意識が周囲の景色に戻り、驚いた足が無意識に止まった。 「ここ……」 いつの間にか施設から出ていたのも知らず、闇雲に歩き続けた俺達は、山の奥深くに入り込んでしまっていたようだった。 「陽!!ね、どうする?帰り道、分かる?」 ようやく落ち着きの取り戻した俺に、 月が駆け寄って俺の手を握る。 冷たく震えている手に俺の体温も奪われて、寒気でブルっと震えた。 「帰り道くらい分かるだろう?道がある……んだか……ら……」 振り返った目に映るのは、獣道と呼ぶにも心許ない細く消えかかった線。 「……ともかく!これを辿っていけば帰れるだろう?」 俺の指差した細い道を見て、大丈夫だよね?と震えた声で俺の腕を両手で握る。 「重いって!少し離れろよ……歩き辛いから……行くぞ!」 恐怖と不安を押し退けるように大きく一歩を踏み出して歩き始める。 「ここ、電波も届かないんだね?木がすごくて薄暗いし……怖い。」 鬱蒼とした森に届く陽の光は昼間でもほんの少しで、大半は木々に遮られているようだ。道は消えていたり途切れていたりで、俺達のつけてきた足跡を確認しては歩くと言う作業を繰り返した。 しばらく歩いていると、川のせせらぎが聞こえ、少し休憩をとることにして、河原に腰を下ろした。 「……あのさ……先輩の事……大丈夫?」 月がおずおずと俺に尋ねてくる。 「何がだよ?」 心配されているのは分かるが、俺もまだ心の中がぐちゃぐちゃで答えようがなく、ついぶっきらぼうな口調で返してしまった。 「あ、ごめん。でも、なんか先輩の様子がおかしかったから……」 おかしい?違う、あれは恋に落ちたんだ。空を見た瞬間、先輩は恋に落ちた。 俺と言う恋人のいる前で、違う人に瞳も心も奪われ、俺に興味を無くした。 「空を好きになったんだろう?仕方ねぇよ。」 「そんな事!!……だってあんなに陽のことを好きで、しつこくしたからJだって先輩がここにくることを認めてくれたんだよ?それに、兄貴とは一度画面越しに会ってるし……それなのに今日になってあんな態度、おかしいよ!」 それはそうだなと感情的だった俺の脳に冷静さが戻ってくる。 「確かに……一度は互いの顔を見ているわけだし……あの状態だったからそれどころじゃなかったって言う可能性もあるけれど……違和感はある。」 俺の言葉に月がホッとため息をついた。 「どうした?」 「ん?ようやく落ち着いてくれたなって思ってさ。」 へへと笑った月の目にうっすらと涙が溢れていた。 「ごめんな?俺の暴走に付き合わせちまって……」 「ううん。俺が勝手に付いてきただけだから……それに、陽には悪いけれど……先輩と兄貴がくっつけば、俺は陽を独り占めできるし!!やっぱり分け合うのは嫌だなぁ。」 そう言って笑って俺に体をくっつけた。 「お前なぁ……」 ため息と共に不安も吐き出せたようで、陽を引っ張るようにしながら立ち上がる。 「ほら、もう行くぞ!これ以上、暗くなったらさすがにまず……い……?」 「どうしたの?」 「しっ!」 黙れと月の口を手で塞ぐ。 「んん?!」 驚いた月が少し声を出すが、俺が何かに集中している様子に気が付き、すぐに静かになった。 「聞こえる……誰だろう?俺たちを呼んでる?!」 耳に届いていたかすかな音が少しずつ声になり言葉になっていく。 「ここ……っ!」 大声で呼びかけようとして、月の口を塞いでいた手と空いていた手の両方で自分の口を塞いだ。 「どうしたの?」 俺の行動に、逆に口が自由になった月が不思議がる。 「大声出したら、動物にも俺たちの居場所を知られてしまう。まさかとは思うけれど、用心に越したことはないから。」 あぁ!と言うように月が俺の顔を見て大きく頷いた。 「声の方に行きながら、合図を送ろう。」 うんと頷いて俺の腕を自分の腕に絡ませる。 「へへ。恋人みたい。」 「お前なぁ、こう言う状況でよくそう言うことが言えるな?……大体さ、恋人じゃなくて番だろ?」 俺の言葉に少し傷ついた顔をしてそうだねと言って俯く月の頭をぐいっと胸に寄せる。 「番のΩはαの所有物なんだから、恋人みたいなあやふやなものと一緒にすんなよ。αの俺が番の解消をしなければΩのお前は俺から離れることも別れることもできないって事、分かってるのか?」 「え?!」 月が顔を上げて俺を見る…その顔は見る間に真っ赤になっていき、その場にしゃがみ込んだ。 「なんだよ?」 俺もしゃがんで月の顎に手を添えて顔を上げさせる。 「なんかさ……プロポーズみたいで……恥ずかしい……」 「みたいじゃなくて、プロポーズ!断るって言う選択肢はお前にはないけどな。」 「陽っ!?」 驚きすぎて口を開けてる月に顔を近付ける。 「目、閉じろよ?」 俺の言葉に、何をされるか察した月がぎゅっと目を瞑った。 「お前が心配して俺を追いかけて来てくれたその気持ちに応えたいんだ。たとえそれが運命の番だからだったとしても……」 「違うっ!!」 月が瞑っていた目をいきなり開けたので、俺の方が驚いて体が固まった。 「違うよ?俺は番だから、運命だからなんて関係ない時からずっと陽が、陽だけが好きだった。だから……」 「悪い……俺さ、運命の番って何だろうって考えてて……運命だから好きなのか?それって本当に好きって言えるのか?って。」 「俺のは言える!!だって、母さんのお腹の中にいた時から陽のことしか見てないもん!」 「腹の中って……覚えてねぇだろう?」 吹き出す俺にううんと首を振って大真面目な顔で話し出す。 「分かる!覚えていなくても絶対そうだったって分かる!だって俺、気が付いた時には陽しか見えてなかったし、陽だけ好きだった!だから多分、俺はお腹の中で陽に一目惚れしたんだと思う。」 馬鹿馬鹿しい話だが、必死に俺の手を握って話す月が誰よりも愛しいと思った。 「もういいよ、月。」 「良くない!!俺は……っ!!」 まだ何か話そうとする月の口を俺の口で覆う。 「黙ってろ……ん?」 俺がかけた声に目を閉じて腕を背中に回して来る。 揺れる腰を擦り付けようとする月のおでこにピンと指先を弾かせて、一瞬離れた体を力一杯抱きしめた。 「分かったよ、お前の気持ち。先輩がどういう答えを出しても俺にはお前がいる。それだけで十分だ……ありがとな、月。」 耳元で囁く俺にただ頷くだけの月の手をぎゅっと握って、声のする方へと歩き出した。

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