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第58話

「いかがですか?」 ザッと音がして、Jがカーテンの中に入って来る。 そのままベッドに近付くと、空の様子を確認するように覗き込んできた。 裸のままでベッドに寝転び荒い息をしている俺達に顔色ひとつ変えず、空のうなじから流れる血を一瞥すると、ベッドの端に腰掛けて簡単に治療を施し、首でぐちゃぐちゃになった包帯をささっと巻き直していく。 「大丈夫なようですね?私は報告がありますのでこれで失礼。あとはお部屋の方で。」 部屋と言われ、その部屋で待っているであろう先輩の顔が浮かんだ。 「あぁ、秀君は部屋から出しました。」 「え?!」 驚いて上半身を起こした俺にJはカーテンから出ていきながら顔だけこちらに向けた。 「さすがに番の二人いるΩなんて状況は初めてですので、空君もですが陽君が落ち着ける環境にさせていただきました。ただし、空君には秀君の部屋にも行っていただきますよ?陽君には月君もいるんですし、我慢してくださいね。」 分かったと頷くとそれまで寝ていたと思っていた空がピクっと反応した。 「空?」 俺が気になって空の肩に置いた手を空の手が振り払う。 「空、どうした?」 「分かった……分かったってどう言う事?僕は?僕の気持ちは誰も聞いてくれないの?」 涙を流して叫ぶ空に一瞬怯んだ体がすぐに空の体を抱きしめる。 「ごめん!!ごめん、空!!」 俺が謝る横でJが冷たい声で言い放った。 「それがΩというモノです。あなた方に選択の自由はありません。αに請われ番となり飽きられれば番を解消される。Ωにとっては唯一のαですが、αにとってΩはいくらでも替えのきくものなんですよ。Ωとはそういうモノなんです。」 そう言うと顔を背けて後ろ手にカーテンを閉めながら出て行った。 「……ゃだよ……嫌だよ!!僕は陽と一緒がいい!!陽と月とがいい!!」 「空……」 俺を抱きしめる手が震え涙が俺の体を濡らしていく。 「どうして?どうして僕らはこんなふうに生まれて来たんだろう?もう嫌だ!!自分の気持ちに嘘をついて抱かれるのは嫌だ!!」 「空……」 「逃げよう?陽と月と3人でここから逃げたい!!もう僕の人生を好き勝手されるのは我慢できないんだ!!」 いつもは優しくて穏やかな空の激しい一面に驚いた俺は何も言えないままでいた。 「陽!!僕と逃げてよ!!僕を他のαに抱かせないで!!僕には陽だけいればいい!!月と3人でここを出よう?」 盗聴器がなくてもこんな大声で喚いていれば外にいるであろう職員に丸聞こえだ。それでも空は懸命に俺に逃げようと迫ってくる。 「無理だよ……俺はαとしてここにいるべきだと判断している。Ωで俺の番であるいじょう、空にはその判断に……」 「やだーーーーー!!嫌だ!!αなんか嫌いだ!!嫌いだーーーーーー!!!」 空の絶叫にいないと思っていたJがカーテンを開けて後ろにいる職員から注射器を受け取ると、俺に向かって叫んだ。  「しっかりと抱きしめていなさい!!」 その声に空をぎゅっと抱きしめてその体が動かないように拘束する。 「嫌だ!!陽、やめて!!嫌だーーーー!!!」 「ごめん、空……ごめん。」 謝り続ける俺の腕の中で少しずつ空の体から力が抜けていく。 「ごめん……空……ごめん……」 俺の腕にも冷たい液体が広がっていく。静かに目を閉じていく間際、Jが謝罪の言葉を口にしたように見えたが、聞き返す間もなく意識を閉じた。

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