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第60話
「やだーーーーー!!!いやだーーーーー!!!」
男の肩に担がれた空の泣き喚く声。
やめろよ、離せよと男の体に懸命に縋り付く月。
「空君、今から秀君の部屋に行きますので準備をしておいてください。」
食堂で朝食中に入ってきたJにいきなりそう言われた。
「どう言うことだよ?」
俺の問いかけにもJは何も言わず、さっさとその場を立ち去った。
訳の分からないまま部屋に戻ると、空は行きたくないと涙を流し俺に抱きついた。
「どうして?何で行かなきゃいけないんだよ?陽と離れたくない!嫌だよ!」
そうやってぐずっている空の背中を優しく撫でていると、バタンと扉が開いてJが無表情のまま入ってきた。
「用意は……していないようですね?あの辺りの下着と服をこの鞄に入れてください。どうせ部屋では着ることはないんですから、帰る時に着る服だけでいいです。その他の物は、後で秀君の部屋に届けてください。さぁ、行きますよ?」
ぐいっと俺に抱きついている空の腕をJが引っ張った。
「やだ!嫌だ!行きたくない!!離せ、離せーーーーーっ!!」
空の必死の哀願もJは冷たく決まったことですからと言って空の手を離すと、一緒に部屋に入ってきた男に向かって顎をしゃくり部屋から出て行った。合図を送られた男は服の入った鞄を肩にかけたまま俺に抱きついていた空の体を軽々と担ぎあげ、そのまま扉に向かって歩き出した。
「何でこんな事をするんだ?」
俺の言葉に廊下からJの声が聞こえてきた。
「今日から3日間、空君には秀君の部屋に行ってもらいます。それが秀君がこの部屋を出る条件。彼もまたこの施設から一生出られない身なんですよ?番まで彼から奪うことはさすがにできないでしょ?」
Jの言葉に、先輩をこの施設に呼ぶことになった張本人の俺は何も言うことができなかった。
「理解できたようですね?それでは行きますよ?」
Jの言葉に空を担いだ男が頷いて部屋を出ようとするが、月がその足を止めようと食らいつく。
「やめろ!連れて行くな!!アニキの気持ちはどうなるんだよ?Ωだって一人の人間だ。人権があるんだ!嫌なことは嫌だって言う権利があるはずだ!」
月の言葉に廊下に出ていったJが扉の影から顔を出すと、ため息混じりに話し出した。
「人権は、そりゃあありますよ?でもね、あなた方はそれでなくとも弱くて守られなければ生きてはいけない存在なんです。いいですか?あなた方は国によって守られ、この施設で何の不自由もない生活を保障されている。その代わり、その体でその分の結果を返さなければいけないんです。あなた方の人生を国が管理する代わりに、その全てを保証する。国がそうしろと言ったら、あなた方はそれだけの金と人材を使っているわけですから、しなければ契約違反なんですよ。」
「契約なんかしてない!俺たちはあんたたちに無理やりここに連れて来られただけだ!」
Jの言葉に月が反論する。
「そうです。あなた方は私によって何も知らずにここに連れてこられた。だけど、あのままご両親と一緒に一般社会に身を置いていたらどうなっていましたか?路上で、教室で、ご両親と団欒しているその時に月君や空君がヒートになったら?陽君はその匂いを我慢できますか?」
月がぐっと言葉を飲み込む。
男の足を力一杯掴んでいた手から力が抜けていく。
空も泣き喚くのをやめ、静かに嗚咽をこぼしている。
「お分かりいただけたようですね?行きましょう。」
Jの言葉に空が顔を上げて俺を見た。その目が助けてくれと叫んでいるが、俺はその目から顔を背け拳を強く握りしめることしかできなかった。
「アニキーーーーーっ!」
月の悲鳴が閉まった扉にぶつかって反響した。
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