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第2話

衣服の擦れる音が聞こえ遥輝は目を覚ます。普段であれば二度寝三度寝とするところだが、見慣れない天井に思わず飛び起きる。 「ここどこだ?」 思わず心の声を口にすると、隣でスーツを着ている男と目が合う。 「あ、よかった。もうすぐチェックアウトの時間だから起こそうかと思ってたんだ」 にこりと人の良さそうな笑みを浮かべるスーツの男。遥輝は男をじっと見つめると昨日のことを思い出す。 ――飲み会にこんなヤツいたか?つーかそもそも俺の知り合いにスーツ着るようなまともな仕事してる奴いねーわ。コイツ誰だ? バス停に飛び蹴りをしたところまでは何となく覚えているがそこからここまでの記憶はない。赤の他人にここまで世話を焼くなんてお人好しもいたもんだ、と遥輝は思う。 「あー…悪かったなわざわざホテルまでとってもらって」 「ううん、僕も終電なくなっててどうせ泊まろうと思ってたから」 「重かったろ」 「大丈夫だよ。というか靴脱がせた時に足腫れてるのとかベッドに寝かせた時に背中痛がってるのとか見ちゃったけど怪我してるの?」 そう言われ遥輝は足元を見ると右足が見事に腫れていた。背中もなんだかジクジクと痛むような気がする。 「あーどっかで捻ったんかな?まあ大丈夫だろ」 「捻ったなら大丈夫じゃないよ!急いで冷やすもの貰ってくるね」 「いや!まじで大丈夫だから!」 部屋を出ていこうとする男を急いで止める。遥輝はこれ以上話はしたくないといわんばかりに立って、特に荷物もないが帰る準備をする。 「もし何かあったら連絡して」 そう言って名刺を渡し「仕事の時間だから行くね」と男は心配そうに見つめながらも部屋を出ていった。 ―― 篠田 透(しのだ とおる)有名企業で働くサラリーマンらしい。 名刺なんて貰ったことも無い遥輝はそれを財布にしまうと、違和感の残る足を引きずりながらも部屋を後にした。 遥輝の住むアパートは最寄り駅から徒歩5分とかなり立地のいいところで、駅まで辿りつけさえすれば帰るのはそう大変ではない。靴に圧迫感を感じながらもやっとの思いで帰宅すると、ガソリンスタンドに休みの連絡を入れ二度寝することにした。 日の落ちる頃になって漸く目を覚ますと、昨日飲んでいた友人から何件か連絡が入っているのが目に入る。どうやら昨日の飛び蹴り事件の酔いっぷりから無事に帰れたかどうかを案じているようだ。遥輝は、それなら置いて帰るなよと思いつつも、大丈夫だと返信し腹を満たすためにカップラーメンを作る。 遥輝にとって気がかりなのは今朝の男。借りは作りたくない主義ではあるが怪我の感じを知られているため、電話をかけたら何かあったのかと心配されるのが目に見えている。 ――心配されることは気を遣われることだ。俺個人を見るのではなく、怪我、病気、訳ありの俺として見るということだ。それで『普通』が壊れることが何より嫌いだ。 しかし酔っ払いをホテルへ運び、ホテル代まで払って仕事へ行った男に連絡もせずにいるのは、遥輝にとって許し難いことだった。 意を決してスマホを手に取ると、名刺に書かれた電話番号を打ち込む。何度かコール音が鳴ると今朝聞いた声が聞こえてきた。 「はい篠田です」 「もしもし、あー、っと昨日の酔っ払いだけど」 「あ…!無事に帰れました?」 「おかげさまで」 「なら良かった!」 「名前も言わずに悪かったな。 大川遥輝(おおかわはるき)だ」 「篠田透です」 一緒にホテルへ泊まったというのに電話での自己紹介というちぐはぐな展開に遥輝は思わず笑う。その後も話を重ねていると思っていたより時間が経っていた。あまり時間を割いても悪いだろうと思いお礼をしたい旨を伝える。 「あ、じゃあ今から遥輝くんの家に行ってもいいかな?」 「は?!」 「怪我してるのに出るのも危ないし」 「んなの大丈夫だわ」 遥輝の最初の懸念通り心配はされたが、意外と押しの強い篠田に押し切られ今から家へ来ることになった。物の少ない遥輝の家は綺麗と言うほどではなくとも、散らかっているわけでもなかったため片付けもせず客を迎え入れることになった。

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