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 その朝、定期を忘れたことから俺のツイていない一日は始まった──。  大学でも食べようと思っていたAランチが俺の前で完売したし、ゼミの教授に頼まれて交換したトナーカートリッジから真っ黒なインク粉末が舞って俺の白いTシャツには前衛的な柄が入った。そして、必死に洗ったはずの掌は未だどことなく黒ずんでいる。  夜は友人の合コンに頭数合わせで呼ばれたが、二次会のカラオケで女性が一人帰ったところから空気が一変し、俺抜きの男女四人で突如乱行パーティ一もどきが開始され、一切免疫のない俺は慌てて店を飛び出し、そのビルの角で男三人組とぶつかったのだ──。  見るからに黒髪癖毛の眼鏡陰キャな俺はあっさり絡まれ、安定ルートで金を要求された──。財布にはもう五千円しか入ってなかったし、それを取られたら今月の食費が逼迫する。毎日もやしで過ごす未来がすぐ傍まで来ているのが、俺にはもう見えていた。  男たちは脅しの合図として俺を唐突に殴った。まだ要求も拒絶も始まっていないのにあんまりだと思ったが、そんなことより初めて味わう強い痛みに俺は声すら出なかった。  眼鏡は割れずに済んだが、痛みで目も開けられず、俺はアスファルトへ只々膝からへたり込んだ。  血の嫌な匂いがひたすらに鼻と口の中に広がって、吐き気がした。 「持ってる金全部出すなら無事に帰してやるよ」と男はすでに矛盾だらけの言葉を吐き、そいつの顔を見上げただけで「何ガン飛ばしてんだよ?!」と更なる因縁まで付けられた。  俺はチキン全開でもう声を出すことすら出来ずに、再び襲い来る理不尽な暴力に備え、目を瞑ってカバンを抱きしめるみたいにして丸くなった。 ──が、次の瞬間、悲鳴を上げたのは俺ではなく向かって来た男の方だった。  俺は驚いて瞑っていた目を薄ら開き、鈍い音と共に地面に倒れ込んで行く男を反射的に目で追った。  男はなんとも言えぬ情け無い格好で尻だけを上に突き上げ、辛そうに両手で押さえている。  そして、俺の目の前にはその男の尻を蹴り上げた余韻が残る長い足がスラリと伸びていて、足の持ち主は無様な姿をした男を冷たく蔑んだ薄茶色の瞳で眺めていた。 「あ」と短く発した俺を彼が見た瞬間、別の男が激昂しながら彼に襲いかかった。  彼は男の拳を躱すと、くるりと体を反転し、素早く反動を使って男の肩へ回し蹴りを入れた。  嘘みたいに男の体は吹っ飛び、そのまま受身も取れずに尻を抑える男の元へと雪崩れ込み、二人して呻き声を上げながらアスファルトに倒れ込んだ。  仲間からとどめを食らった男はある意味俺よりツイていなかったかもしれない──。

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