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第9話
どうしよう。どうしよう、どうしよう。
いつもは優しく髪を撫でる手が、耳たぶや首筋をくすぐったり撫でたりする。
い、いつもは額や頬に押し当てられる唇が、違う場所へと滑っていく。
唇の端から顎をすぎて、喉へ。それから鎖骨へ。
キスは何度もしていたけれど、抱き寄せてよしよしって撫でる以外にディランはあんまりこの身体には触らなかったから、ディランはそういうのをしたくないのかと思っていた。
くすぐったいようなむずがゆいような、なんとも言えない感覚に耐えているとディランの唇はちゅっと音をたてておれの乳首に吸い付いた。
「……っ ふぁ…」
でぃ、ディラン、ディラン?ディラン!?
おれはあわあわした。
前の体なら、にゅるっと掴む手の間を滑ったりくねったりできただろうけれど、ディランの重みの下にあるアシェルの身体ではされるがままで、滑って抜け出すことも手を引き剥がすことも出来なかった。
う、べ、別にディランの手を引き剥がしたいんけじゃない。でも触られるとおかしな声がでるからおれは困っていた。
ディランが「…いいか?」って言った時。
おれは何かよく分からずに「…うん?」と答えた。ただ彼の声を聞き返そうとしただけかもしれないし、その実反射的に返しただけかもしれず、とにかく身体がこんな風になるとは全く思ってもいなかった。
その、その、…そのっ!?
してみたいとは思っていたけど、こんな風に息が苦しくなったり、身体が勝手にはねたりするなんて知らなかったから。
…アシェルがマスターにされている時は鎖で繋がれて、無理やりされていた。
アシェルは嫌がっていたから「やめろ糞野郎、死ね」とか叫んで、最初のうちは暴れていた。
明らかにその声は罵声だった。
その悪態や罵詈雑言の類いに艶めいた響きが混ざり始めたのはいつだったか。
マスターの手や腰の動きにあわせるように押し殺したうめきやすすり泣きが混ざる。
嫌悪しているのに、快感に引きずられて耐えきれない甘い喘ぎと息遣い。
おれは見ているたけだったから…。
身体がこんな風になるなんて知らなかった。
だって、今はおれの身体なのに手綱を握っているのはディランみたいだった。
それにただでさえ上手く話せないのに、あとひとん、て声だけぽろぽろと口からこぼれ落ちる。
焼き菓子やパンを、綺麗に食べれない時のようにかけらが落ちてくみたいに粉々の言葉が落ちていく。
うわぁぁぁぁ。ディランの熱い手ではなく鼻先と濡れた舌先が、皮膚の上をなぞってどこかへおりていく。
おれは目をつむる。
へそより下でさわさわするのは、ディランの髪だった。
ディランの唇がいてはいけない場所に、あるよう…。
聞こえなかったはずの心臓の音が胸ではなくて耳の横で盛大に脈打つ。
おれは起き上がることもできず、熱い手で押さえられて膝は閉じれなくて、ディランの鼻先と息が、舌と唇が、おれをもてあそぶ。
ふるふるとふるえて半勃ちになった側面を、鼻先がゆっくり触れて、ちゅって音が聞こえた。止まることなくあれの下あたりでディランは悪戯をする。
「ディラン…だめ、…だめだ っ…て…」
「嫌か?アシェル…俺にされるのは…」
うわぁぁん、嫌じゃない。
気持ちが良くて、ひくひくして、どうして良いか分からなくなるだけで。
「お前が俺のものだと、確かめたい…」
ディランのそんな言葉におれがあらがえるわけがない。
ディランは真剣な言葉とは裏腹にからかうようにして、おれの…アシェルの付け根の下あたりを優しく舌で押し始めた。
そんな些細な動きにおれの頭の中は真っ白になりしばらくはなにも考えられなかった。
のぼりつめてのぼりつめて弾けそうになる少し前でディランは、白い陰茎を握ったまま唇を離した。
弾ける直前で焦らされて、震えるその塊は、まるで手足をちぎられて胴体だけになった人工生命体 のおれの体みたいだった。
さきっぽからたらっとよだれをたらしたみたいに濡れたおれをディランは、ゆっくりと見せつけるように舐めて、口の中に収めた。
おれが食べられたみたいに見えた。
ぬめった舌が絡みつく。
その時。
その時だけ、ディランに愛されているのはアシェルではなくて、おれのような気がした。瓶の中で逃げることもできない震える醜い体を優しく愛撫され強烈な快感に支配される。
マスターではなくディランに対する思慕があふれるような気がした。
そしてすぐに悲しみと申し訳なさでいっぱいになった。
おれが彼の口の中で吐精すると、すぐに彼は体勢を変えておれを抱きしめて、二本の硬い竿を擦り合わせるようにして指を絡めて動かした。
ディランの肉体がおれと同じように興奮して、硬くなっているのを見ると嬉しさと恥ずかしさとそしてやっぱり申し訳なさでおれの心はいっぱいになった。
それでもおれがおずおずとディランのものを撫でると、彼は火傷したみたいな苦し気な表情でおれを見返して唇をあわせた。
ディランのは熱くて、アシェルのより大きい。身体の大きさを差し引いても太い。それから指を這わせた丸い重みのある袋が、おれのと全然違う。しわがあるのが嬉しくて、そこをいじくるとディランが咎めるようにおれを甘噛みし始めた。
おれ、悪戯しているんじゃないよ。
嬉しいんだよ。だって、ここだけおれの本当の体に近い感触なんだもん。
綺麗なディランの肉体にも、醜いおれに似たこんな部分が隠れるようにあるなんて…。おれは嬉しくて触っているんだよ…。言えないけど。思っていることを何一つ告げられないけど。
ディランとアシェルに謝りながら、おれは与えられた快感を貪った。
気持ちが良くて、よくて…溶けちゃいそうだった。
ここでおれは死んじゃいたい。
包まれて愛されていっぱいになってここで消えちゃいたい。
それでおれが消えた後にアシェルがディランの腕の中で目覚めて、全部悪いことは過ぎ去って、怖いものも痛いことも、全て終わってしまって、もう明日からは良いことしかないってアシェルが綺麗な顔で笑えればいいのに、とおれは思った。
身体を気遣うディランにすがって、おねだりをして、マスターとアシェルがしてたみたいに獣のような姿勢で、それからもうどんなふうにしたか分からないぐらいに繋がってディランの名前を呼んだ。
ディランの熱を飲んで、注がれて、愛情を、撫でる手を独占して、気が遠くなった。
「もっと早くこうしていればよかった、アシェル、お前が誰かに奪われる前に…」
低い小さな呟きが聞こえた。
「誰がおまえを…こんな淫らな娼婦のように変えたんだ…」
髪を撫でる手は優しく、身体を包む熱は心地よく、おれは何も聞こえないふりをして目をつむっていた。
なにも聞いていないもん。
あれは夜にまぎれる風のささやき。
雲と共に訪れる雨の足音。
欲しかったおれが悪いの、アシェルを責めないで。
おれは何も言えずに寝たふりをして、疲れきった身体はすぐにディランの腕の中でとろとろと眠りに落ちた。
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