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第12話
どうしよう。ディランは大丈夫なのかな…。
おれを迎えに来てくれたレヒトは、部屋に戻るとすぐにおれを着替えさせた。
「詳しいことは馬車の中で話す、ひとまずこれを着てくれ」
そう言って手渡されたのはひらひらした白っぽい服だった。
レヒトが着ているような上着ではなく、神官さんや女の人が着ている裾の長い服だった。こんなの着たら引きずっちゃうよ、うまく歩けないよ。
さらにその上からふわりと頭巾のついた袖の無い外套を羽織らされる。
そしてまるで荷物のように抱えられて、箱馬車に乗せられた。
四人くらい乗れそうなのに、隣にレヒトが座ると、馬車は動き始めた。
あぎゃ、ぎゃぎゃ!?
お尻の下でがったんごっとんと激しく揺れる。その振動はまるでガラス瓶に入れられて乱暴に揺すられるのに似ていた。
「やーー」
おれ、ここに来た時も馬車に乗せられて来たはずなのに。
馬車ってこんなに揺れるものなの?
「少し速度を落とせ」
レヒトが馬車小さな窓から外に向かって声をかける。
それからおれの体を膝の上に横抱きに抱えてしまった。
揺れる。けど、座席よりは少し良いのかな?
「アシェル、大丈夫か?こんな事になってすまない。まずは迎えに来るのが遅くなってすまなかった。不安になっただろう。王都でも領地でも事件がおきてな…」
レヒトはおれをしっかり抱えたまま話し始めた。
ディランが迎えに来れなくなったのは、王都から少し離れたディランの領地でディランの義母 が亡くなられたからだった。それが事故なのかそうでないかわからないまま、王都で貴族の若い婦女の失踪や不審死や、召使いの死亡事件が多発したんだって。
不幸を告げる弔いの鐘と、事件が起きたと知らせる警鐘の鐘が鳴り止まなかった、とレヒトは言った。
それから、神殿に向けて案内を出したのに手紙を運ぶ人が狼か何か猛獣に襲われて亡くなったと。
おれは、それを聞いて恐ろしくなった。
それは事故じゃない気がした。
マスターが小さな木の牌をいくつも幾つも並べて、遠くからちょんって指で押すと牌は順番に倒れて行って、高低差があっても、間に障害物があっても、その小さな牌は順番に倒れ続けるんだ。
それで、全部倒れちゃうと牌の背面は一枚の絵になってて。
おれは、牌がかたかたと軽やかな音をたてて倒れるのを見た事があった。
ディランの義母 も、亡くなった人もみんな…おれもその牌の一つのような気がした。怖い。
「ディランは、大丈夫なの?」
「ディランは強いし、隊の奴らがいるからな。心配しなくても大丈夫だ。ただ、葬儀もあるし領地の方はまだ手がかかるからな。だから代わりに俺が来たわけだが…」
レヒトの声が言い淀んだ。
他の死んじゃった人間のことはわからない。
でも、ディランのおかあさんは。
マスターが殺しちゃったんじゃないかな。そんなこと思っちゃいけないのに。
どうしよう。
おれは、マスターが言ってたあの言葉をディランに伝えなくちゃいけなかったんじゃない?
これは正当な復讐だってマスターは言った。
アシェルを傷つける事が?アシェルを…殺しちゃう事が?
おれは、こんなふうになっちゃいけなかったんじゃない?
おれは、こんなふうにアシェルの体を乗っ取るみたいに生きちゃいけないんじゃない?
あのまま切り刻まれて死んでいれば、マスターの復讐は終わったんじゃない?ディランのおかあさんは死ななくても良かったんじゃない?
馬車で揺れてるのか、おれの体が芯震えてるのかわからない。
「アシェル?」
すぐ近くにレヒトの青い目があった。
一対のはずの目がいっぱいあるように見えた。
どの目もおれを責めて……はいなかった。
「アシェル、泣くほど具合が悪いのか」
レヒトの声で馬車はのろのろと進むはやさが遅くなる。
おれは、マスターのことを言いたくなかった。
おかしい。
マスターはおれをいらないって捨てて行っちゃったのに。あんなめにあったのにマスターに会いたかった。
同じくらいディランに会いたかった。会って謝りたかった。
今は、泣く時じゃない。
「アシェルを捕まえた人が『これは正当な復讐だ』って」
おれがアシェルじゃないとわかっているレヒトなら。そう思って、おれはアシェルが捕まってからのことをレヒトに話した。
マスターとおれのことはあまり言えないまま、できる限りを。
レヒトはおれがもじょもじょ言う言葉を聞いていた。
今王都で起きている不幸な事件はおれのせいだって初めて会った時みたいに、荊 の枝を束ねた棒を突き刺すみたいな声で責めれば良いのに。怒れば良いのに。
レヒトは一言もおれを責めなかった。嫌な顔もしなかった。
ただ揺れて進む馬車の中で変わらずおれを抱えているだけだった。
「おまえはなにも悪くない」
おれに触れる手は温かくて、優しくて、大きな羽の下に潜り込んだみたいな気持ちになった。
レヒトはごつごつしてるし、馬車は揺れるし、おれは鳥になんて突 かれた記憶しかないのに。それは不思議な感覚だった。もうそこから動きたくないなって思うような、そんな感じだった。
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