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 ―― 日常の快楽(4)

 駅から学校まで続く石畳の道のあちらこちらに、桜の花弁が落ちている。  道へ舞い落ちたばかりの花弁は、すぐに誰かに踏まれて、石畳に擦り付けられてしまう。  風に舞って飛ばされて、川に散っていったり、建物の角に固まって色が変わっていったり。  そして…… いつの間にか消えて、其処にあったことさえ忘れられてしまう。  今、ここを歩いている僕の存在も、いつかは消えて誰の記憶にも残らない。  人と人との関係なんて、桜の花と同じで、淡く消えやすいもの。  僕はいつだって、早くその時がくればいいと思ってる。 だから構わないで、心に入ってこないで。  いつか消えるものなら、最初から無い方がいい。  僕の心の大半を占める、ただひとりの人だけが傍にいてくれればいい。  ** 「ちぇー! さっきのおっさん、高そうなスーツ着てたわりには、シケてんなぁ」  僕の前を歩くもう一人の上級生、井上隆司(いのうえ たかし)が、さっきの痴漢から巻き上げた一万円札2枚をぴらぴらとさせながらボヤいている。 「馬鹿、誰かにチクられたらどうすんだ。貸せ」  凌がそう言って、隆司の手から万札を奪い取る。 (あのおじさん、かわいそうに……)  ホームの柱の影で、この二人に金を巻き上げられている時の、さっきの男の顔を思い出して、自然に口元が緩んでしまう。  満員電車に乗ると、殆どいつもと言っていいくらい、僕は痴漢に会ってしまう。  この二人は、僕のボディガード…… と言いながら、毎日学校の行き帰りに、こうして痴漢から金を巻き上げていた。  去年の4月、この学校に入学してから、1学年上の二人との付き合いは続いている。 「なあ伊織、帰りにこれでカラオケでも行く?」  歩きながら僕を振り返った隆司が聞いてくる。 「行かない」 「なんだよ、即答かよ。 あーあ、どっか遊びに行きてーな」 「行きたけりゃ、凌と二人で行けばいいのに」  何がなんでも、僕と帰りも一緒に帰ろうとする二人が、少し鬱陶しい時もある。 「駄目だ。 伊織を一人で帰らせるわけにはいかない」  凌は前を向いたまま、ぶっきらぼうに言う。 ―― 別にいいけど。 この二人のこと嫌いじゃないから。  そんな会話をしながら学校に着くと、新しいクラスの貼り紙に人集りができている。  一応クラスを確認して、僕は教室には行かずに屋上を目指した。 「おい、一人で何処行く気だ」  目ざとく気付いた凌の声が、後ろから追いかけてくる。 「どうせ1限目全校朝礼だから、かったるい……」  階段を上る僕の肩に、凌は腕を回してくる。 「付いて来ないでよ」  拒否の言葉を無視して、凌は僕の耳元に唇を寄せて囁いた。 「しょうがないやつだな……」

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