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 ―― 日常の快楽(15)

 苦し紛れに笑ってみせても、先生の表情は変わらない。  蔑んだりしてるような目じゃなくて、ただ…… 温度のない冷たい眼差しは、何もかも見透かしているようで。 見詰められると、身体中の血が凍てついてしまいそうな錯覚がした。  すごく居心地が悪い空間。 だけど沈黙を破って、その空気を先に動かしたのも、先生だった。 「…… 鈴宮伊織」  名前を呼ばれて、顔を上げた。 冷たい空気は変わっていない。 「君が誰とどんな遊びをしていようが、どんなセックスをしていようが、俺には関係ない。 好きにすればいい」 「……」  教師が言う言葉とは思えなくて一瞬耳を疑う。 驚いている僕を見据えて、先生は少し口角を上げて微笑んだ。 「だけど、学生の本分は勉強だ。 もし今度サボっているところや、校則違反を見つけたら、その時は」  先生は言葉を続けながら、ハンガーに掛けてあった僕のブレザーとネクタイをベッドの上に置いた。  僕は外したままだったシャツのボタンを止めながら、先生の次の言葉を待っていた。 「その時は見逃さないからね。 君の家にも連絡して、保護者の方に来てもらう」  その言葉に反応して 顔を上げた僕を見て、先生は目を細めた。 「なんで、って顔をしてるね。 今まで他の先生から、こんな注意を受けたことないの?」 「……」  確かに、今までは無かった。 「残念だったね。 今までみたいに俺が誘いに乗らなくて」  言われた言葉に、顔がカッと熱くなる。  別に、今までだって、誘ってたわけじゃない。  だけどそれ以上言っても、ただの言い訳と思われるだけだろうし、他人に僕の事を分かってもらおうなんて思っちゃいない。  ただ、保護者に連絡されるのだけは、嫌だった。 「明日から、ちゃんと授業に出るね?」 「…… 分かりました」  今は、聞き分けの良い生徒を演じることが、正解だって知ってる。 それに、少しだけ、この先生のことが、気になっていたのかもしれない。  先生は、僕の返事に満足そうに頷いて、僕の頭に手を置いた。 ―― 大人なんて、本当に単純。  その時、カーテンの向こうのドアが開いて、誰かが保健室に入ってきた。 「藤野先生、鈴宮くんの具合はどうですか?」

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