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 ―― 日常の快楽(17)

 3人で、朝と逆方向の電車に乗る。  今日は始業式だけで、午前だけで帰れるから、朝みたいに電車が混んでるわけでもない。 「なぁー、どっか遊びに行こうよー」  隆司は、朝の痴漢から巻き上げた金で、何でもいいから遊びに行きたいみたい。 「ダメだ。 今日は伊織を家まで送っていくから」 「別に、家まで送ってくれなくてもいいのに。 貧血なんていつもの事で慣れてるし。 二人で遊びに行けば?」 「ほら、伊織もそう言ってるし、いいじゃんー」 「煩い! 俺は伊織を家まで送ってくから、お前は一人で帰れ」  凌と隆司は同じ中学出身で、お互いの家が近い。  僕だけ途中で、違う線に乗り換える。 それなのに凌はわざわざ僕の家まで送ると言う。  電車も空いてるし、貧血なんて、意識が戻ればもうフラフラもしないし、大したことないのに。  でも凌は頑固だから、一度言い出したら聞かない。 僕はそれを知ってるから、もうそれ以上は言わなかった。  隆司がしつこく凌に食い下がっているのを、他人事のように聞き流し、ぼーっと車窓から春の景色を眺めていた。  遠くに見える山の緑の中に、所々桃色のかたまりが見える。 もう2、3日後には、雨が降って桜の花も散っていくだろう。  この短い季節が一番好き。 窓から見える景色が好き。 だけどその時期は短くて儚い。  散った花弁はどこに行くんだろう。 僕も…… 一緒に連れて行ってくれたらいいのに。 そうしたら、いつだって好きな人の傍にいる事が出来るのに。 「ちぇ、じゃあまた今度、パーっと派手に遊ぼうな」  隆司の不貞腐れたような声が耳に入ってきて、電車の速度が落ちていることに気付く。  車内アナウンスが、乗り換え駅に近付いていることを告げていた。 「じゃあな」  そう言って先に席を立った凌が、僕の肩をポンと叩いて、「降りるぞ」と、促す。  やっぱり一緒に降りるのか…… と、内心溜め息を吐きながら僕も席を立った。  各駅停車の普通電車に乗り換えると、更に車内は空いている。 乗り換え駅からたったの二駅目なのに、車窓の外に流れる景色は、緑の量が段々と増えてくる。  僕の降りる駅は、閑静な住宅街の中にある。 古いけれど、木の温もりを感じる駅舎は、この春から修復工事に入っていた。  電車を降りて、改札の手前で、ポケットの中の携帯が振動したのに気付いた。  凌が、乗り越し料金を払う為、精算機へ走って行くのを横目でちらっと見ながら、携帯を取り出した。  メッセージが一件。  その送信者の名前を見て、僕の心臓は嬉しさに高鳴った。

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