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―― 日常の快楽(20)
シャワーの飛沫を頭から浴びながらも、この後、あの人に逢える事で頭が一杯になってる。 逢えなかった時間は、たったの一週間だったのに。
今回は、帰ってくるのがいつもよりも早かったな。 でも僕は一週間でも、堪えられなかった。
僕を見つめるあの鋭い眼差しや、神経質そうに髪を掻き上げる仕草が好き。
僕を抱き寄せてくれる時に、くっきりと現れる肘から手首にかけての筋が好き。
どうしてこんなにあの人じゃないと駄目なんだろう。
どうして他の人じゃ埋められないんだろう。
僕にとってあの人は、誰よりも大切で、何者にも代え難い人。
でも…… あの人にとって、僕は……。
濡れた身体と髪をバスタオルで拭いて、タキさんが用意してくれてあった服を着る。
ラフなTシャツとズボンだった。
ドライヤーで簡単に髪を乾かしながら鏡を覗くと、Tシャツの襟ぐりのすぐ側に紅い印があるのを見つけた。
襟ぐりに人差し指を差し込んで少しずらしてみると、鎖骨の周りにも複数の紅い跡が付いている。
(ああ…… そうだった……)
Tシャツの裾を捲ってみると、胸から腹にかけての紅い跡は、さっき保健室で見た時よりも鮮明に見える。
今日、あの人が帰ってくると知っていたら、こんな事は絶対にさせなかったのに。
でも、こうなってしまったものは、仕方ない。
脱衣所から出てすぐに2階の自分の部屋へ急いで行って、クローゼットからボタンダウンのシャツを一枚取り出した。
着ていたTシャツを脱ぎ捨てて、それに着替えて、第一ボタンまでしっかりと止める。
僕の考えが浅はかな事は分かっているけど、少しでも誤魔化したかった。
姿見の前に立って首元を確認してみると、紅い跡はギリギリ見えない。
―― 何とか…… なる…… 訳はないんだけど……。
それよりも、とにかく逢えるんだっていう事実だけで、都合の悪い事は考えないようにする事にした。
階段を降りて、一番東奥の部屋へと南に面した掃き出し窓が続く広縁を、なるべく音を立てないように静かに歩いた。
庭の桜の木の、僕を見守るような佇まいに心和ぐ。
書斎のドアの前で一呼吸置いて、コツコツとノックすると、中から「伊織か…… ?」と、問う声がした。
聞きたくて仕方なかった声に、また、しなくても良い緊張をしてしまう。
「はい」と応える声が、少し震えてしまい、小さ過ぎて届いただろうか…… なんて心配になる。
だけど直ぐに返ってきた「入りなさい」という低い声に、心をときめかせて、ドアをそっと開いた。
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