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—— 愛執(12)
「伊織……、こんな形で事実をお前に伝えることになるとは、思わなかったけど……」
(—— 何、何を言おうとしているの、父さん!)
「この人の言ってることは、本当だ。 私が沙織と出逢った時には、沙織のお腹には、もうお前がいたんだ」
(—— 嘘だ……)
「沙織は、一人でお前を産もうとしていた。 だけど……、沙織を愛していたから…… 」
と、そこで言葉を一旦区切り、父さんは僕にしっかりと視線を合わせる。
「たとえ、他の男の子供だとしても、生まれてくる子供の父親になろうと、心から思った」
父さんが言ってくれたその言葉は、僕にとっては嬉しいような…… でもとても辛いこと。
これが事実だとしても、全部を受け止めることなんて、到底出来はしない。
父さんが、本当の父さんじゃないなんて。 どうやって理解すればいいのか分からない。
「いや…… だ。 嘘だ、そんな事信じない。 僕は何処にも行かない」
ポタポタと頬に落ちる雫が、僕の涙だと暫く気付かなかった。 心臓が掴まれたように痛くて、息ができない。
「…… 伊織くん……」
「嫌だ……」
僕の名前は、父さんが付けてくれたんだ。 アンタなんかじゃない。
「——僕の名前を気安く呼ばないで! 赤の他人のくせに!」
もう、この場から逃げ出したくて、我慢出来なくて、荒々しく叫んで立ち上がった。
「僕は、何処にも行かない。 ……う、っ、アンタが父親だなんて、知らないっ、僕の父さんはっ、世界で一人だけだ……」
嗚咽で、自分で何を言ってるのか分からない。
「…… 伊織」
不意に煙草の香りが、宥めるようにふわりと僕を包んだ。
悲しみと怒りで震える身体を、父さんがギュッと抱きしめてくれていた。
「…… 分かった。 もう分かったから。 泣くな」
「—— うーっ、……ッ、」
溢れる涙を止める事なんて考えられないくらいに、頭に血が昇っていて、漏れてしまう嗚咽は、顔を埋めた父さんの胸の中へ小さく消えていった。
「もしも、伊織が実の父親と暮したいと言うのならと考えて、貴方に引き合わせましたけど……」
抱きしめられた腕と同じように、父さんが続けた言葉も力強く、僕の心まで抱きしめてくれた。
「たとえ、貴方が伊織の本当の父親だとしても、やはり私も伊織を手放すような事は出来ません」
そう言ってくれただけで、大きな不安に呑み込まれそうだった気持ちが、次第に落ち着いてくる。
「すみませんが、今日のところは、お引き取り願います」
「…… そうですね……。 僕も少し話を急ぎ過ぎました。 伊織くんに会う事が出来ただけでも幸せな事なのに」
その人が、部屋を出ていく気配だけを、背中で感じていると、
「…… ごめんね、伊織くん。 でも、僕は諦めたくないんだ。 また会いに来るね」
父さんの胸に顔を埋めたままの僕に、その人はそう言葉をかけた。
部屋のドアが静かに閉まり、廊下を歩く足音が遠ざかっていくのを聞きながら、僕は父さんに必死にしがみ付いていた。
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