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―― 愛執(14)
姿が見えないだけで、不安になるなんて。 まるで、迷子になってしまった子供みたいだな。
でもきっと、みんなでお祭りに行って遊んでいるうちに、楽しくて気も紛れると思う。
だって、僕は父さんの子供で、父さんは僕を手放したりなんてしない。
今日、ここに来た人は、父さんの知り合いだけど、僕には何の関係もない人だった。
そう思うことで、自分が父さんと血の繋がりがなかったという変えようのない事実と、今はああ言ってくれたけど、もしかしたら、いつかはやっぱり捨てられるかもしれないという拭いきれない不安を忘れようとしていた。
***
西の空を赤く染めて、陽が沈んでいく時間。
梅雨が明けたばかりのこの時期は、夜になっても蒸し暑い。 待ち合わせ場所に着く頃には、折角お風呂に入ったというのに、浴衣の下は薄っすらと汗ばんでいた。 履き慣れない下駄が歩き辛い。
待ち合わせ場所には、もう殆どみんな集まっている。
女の子達は、洋服の子もいるけど、浴衣を着てきた子が多い。 いつもと違う浴衣姿は、とっても可愛いなって思う。 でも、男子で浴衣を着ているのは、やっぱり僕だけだった。
(ちょっと恥ずかしいな……)
そう思いながら、楽しそうにはしゃぐ友達の集団の一番後ろについて歩いていた。
「…… 伊織くん」
前を歩く集団から女の子が一人列から離れて、僕が追いつくのを待っていた。
―― 菜摘ちゃんだ。
「どうしたの? なんか元気ないね」
菜摘ちゃんが、自分から声を掛けてきてくれるなんて珍しい。 僕、そんなに元気なさそうに見えちゃったのかな。
「ううん、そんなことない、元気だよ」
「そぉ?」と、大きな瞳で心配そうに見つめてくる。
菜摘ちゃんは、白地に撫子柄の浴衣。 長い髪を編み込みして、後ろでふわりと纏めたアップスタイルが、よく似合ってる。
「可愛いね」って、思った通りに口にすると、菜摘ちゃんは頬を真っ赤にして、俯いた。
襟足の後れ毛が、白いうなじに落ちているのが見えて、ずっと小学生の頃から知っているいつもの菜摘ちゃんとはまた違って、色っぽいと思ってしまった。
なんだか僕も顔が熱い……。
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