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 ―― 愛執(17)

 僕達みたいに、人混みから抜け出て花火を見やすい場所を探して来てる人がいるんじゃないかなと思っていたけれど、境内は誰も居なくて、所々にある灯りの周り以外は闇に包まれて静まり返っている。  神の依り代となる巨木の枝や葉が風で擦れ合う音さえも、少し不気味に聞こえる気がした。  神社に隣接している神主さんの家は、電気がひとつも付いていなくて、暗闇の中にシルエットだけが見える。  そう言えば、その神主さんは自治会長をしていると、タキさんが前に言っていたのを思い出して、きっと家の人は皆、お祭りに行って留守なんだろうと思った。 「…… あそこに座ろう」  拝殿の前の向拝に腰を下ろして、やっと一息吐く。  お祭りの喧騒は、ここまで届かなくて、居心地が悪いほどに静かだった。 「足…… 痛くない?」  小さい声で言ったつもりなのに、静かな夜の境内に僕の声がやけに大きく響いた気がした。 「…… うん、大丈夫ありがとう」  菜摘ちゃんは少し俯き加減で、小さい声で応えた。  場がもたなくて、僕はかき氷のカップのストローに口を付けて吸ってみた。  だけど、ズズズ…… ッと、音がするだけで、もう中身がなくなっていた。 (―― 恥ずかしい……)  そう思う気持ちを知られたくなくて、僕は無言で空になったカップを横に置いた。 「……あ、」  そこで漸くもう片方の手がまだ菜摘ちゃんと手を繋いていることに気付いた。 「――、ごめ……、」  謝って手を離そうとした瞬間、パンパンという音と共に、菜摘ちゃんの顔が光に照らされた。 「わぁ、花火始まったね!」  声をあげ、菜摘ちゃんは花火みたいに花咲く笑顔で夜空を見上げた。  連続でパンパンと音が響いて、空が明るくなる。  打ち上げているグラウンドまでは、ここからはまだ距離があるけど、色とりどりの花火が、まるですぐ近くで打ち上げているように目の前の夜空に広がっては闇に散っていく。 「ここ、もしかして、特等席だったみたいだね」  菜摘ちゃんは、嬉しそうにそう言った。 「うん、そうだね」  握った手を離すタイミングを失ってしまい、僕の神経は全部繋いだ右手に集中してる。 (…… どうしよう……)  さり気なく離せば良いだけなのに、その時の僕はそんなことすら考えられないくらいに、胸の鼓動が花火よりも煩く鳴り響いていた。

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