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 ―― 愛執(21)

「へえ、何でも言う事を聞く? いいぜ、面白いじゃん」  僕に腕を噛まれた男が、急に笑いながらそう言った。 「何言ってんだよ、こいつ男だぞ? 面白いわけないじゃないか」 「そうだけどよ…… よく見たらこいつ、女みてぇな顔してるじゃねえか」  後ろから、大きな手に顎を掴まれて上を向かされて、連続で上がる花火の灯りに顔が照らされる。 「色白で、ガキのくせにやけに色っぽくね?」 「それはそうだけど、俺は男になんて、勃たねえよ」  僕にしがみ付かれて、身動きがとれない男は、忌々しげに足を左右に振り続ける。 「まあ、見てなって」  振り落とされても何度もしがみ付いていく僕を、もう一人の男が背後から力任せに引き剥がし、縁の上に押し倒した。  馬乗りにされて体重をかけられると、いくら足と腕をジタバタさせても上に乗った男の身体はビクともしない。 「――っ、放せっ、」 「おい、お前、さっき何でもしますって、言ったよな?」 「……」  下から睨み付ける僕に、男は厭らしい笑いを浮かべた。 「ふふん、そんな潤んだ目で睨まれても、逆に誘ってるみたいにしか思えねえんだけど」  暴れた所為で既に乱れて半分解けかかっていた帯を、男は笑いを浮かべた表情のまま解いていく。 「――なっ?」  何をするつもりなのか、その時は分からなかった。 ――だって、僕は男じゃないか。  男は解いた帯を放り投げて、僕の浴衣の合わせを開いた。 「見ろよ、すげえ白い肌」  男の手のひらが、いきなり僕の胸の辺りを撫であげた。 ――気持ち悪い。 全身が総毛立った。 「こいつの肌、男のくせに柔らかくて、掌に吸い付いてくるみたいだ」 「――さ、わんなっ!」 「何でも言う事聞くんじゃなかったっけ? おとなしくしてれば、あの子には何もしないさ」  男の言葉に、辺りに視線を巡らせると、菜摘ちゃんが離れた場所にまだ立ち竦んでいるのが見えた。 「な、菜摘ちゃん…… 早く逃げて!」  ―― 見ないで……。 こんな姿を見られるのは嫌だった。 「…… で、でも…… !」 「僕は、大丈夫だから!」  僕を置いて逃げるのを躊躇している様子だけれど。 僕は菜摘ちゃんに、何とかここからいなくなってほしかった。  僕が今から男達にされる事を、菜摘ちゃんにだけは見られたくない。 早く安全な場所へ逃げてほしい。 「おい! 逃げんなよ!」  もう一人の男が、思い出したように菜摘ちゃんの方へ走り出す。 「はやく! 逃げて! みんなのいる所まで走るんだ!」  僕の言葉と、追いかけて行く男の姿に、菜摘ちゃんは脱げてしまった下駄を手に、弾かれるように裸足で走り出した。  男は、かなり酒を呑んでいるのか、足元は少しふらついているように思える。  全力で走ったら、あの階段なら追いつかれたりなんてしないと思った。

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