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 ―― 愛執(28)

 恐る恐る肩越しに父さんを見れば、怒っているような、それでいて悲しげな瞳と視線が絡んだ。  僕は、なんて応えたらいいのか分からなくて、その視線から逃れるように目を逸らしてしまった。 「来なさい」 「―― あ……ッ」  父さんに後ろから抱き起こされて、そのまま腰に回された腕に身体を持ち上げられた。  つま先が僅かに廊下に擦れる状態で抱えられ、浴室まで運ばれて、床に降ろされる。 「…… 父さん…… ?」  浴衣を脱がされて何も着てない僕は、浴室の冷たいタイルの床に身震いして、自分で自分の身体を抱きしめた。  父さんは何も言わずに、服を着たままシャワーを出して、温度を見るように自分の手を濡らしていた。  段々と浴室に湯気が立ち込めて、視界が白く霞んでくる。 「…… 父さん……、」  何も言わない父さんが、少し怖くて、なんだか心細くて、小さい声で呼んでみた。  自分の目から溢れてしまう涙と立ち込める湯気で、父さんの表情ははっきりと見えなくて。 不安な気持ちだけが、大きくなって、胸をギュッと締め付ける。 「伊織、こっちに来なさい」  父さんが、シャワーを出しながら僕を呼ぶ。 その声は、いつも僕を呼ぶ声と違っていた。  怒っている声でもなく、優しい声でもない。 父が息子を呼ぶような声ではなくて…… 僕が今まで聞いたことのないような声音で。 「さあ、」  戸惑う僕に差し伸べられた手に、まるで催眠術にでもかかったように自分の手を重ねた。  父さんは僕の手を強く握りしめると、ぐいっと引き寄せて、頭からシャワーの飛沫を浴びる僕の身体をしっかりと抱きしめてくれる。  またじわっと涙が込み上げてきた。  服を着たままで、僕と一緒にシャワーの下にいる父さんは、全身びしょ濡れになっている。 「…… 父さん、服が濡れちゃう……」  心配になってそう言っても、父さんは構わずに抱きしめる腕に力を込めた。  なのに、そうされればされる程、胸の奥が締め付けられた。  少し熱めのシャワーの温度が、背中の傷に染みて痛むけど、それよりも、父さんに強く抱きしめられた事の方が、身体じゃなくて、何故か心が軋んで痛いんだ。

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