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 ―― 愛執(29)

「――っ、父さん、ごめ…… ごめんなさ……」  僕は父さんにしがみき、濡れたシャツに顔を埋めて、ただ泣いて謝る事しかできなくて。  浴室に響くシャワーの音を聞きながら、父さんの言葉を待っていた。  期待していたのは……、僕を赦してくれる言葉だった。 「…… 私はずっと……、」  低い声で耳元に囁いて、僕の身体を抱き締めていた手が背中を滑り髪を撫でる。  両手で頬を包まれて、顔を上に向かされた。 「…… とう…… さん、」  繊細な指で僕の濡れた頬を拭い、「ずっと否定し続けていた」と、言葉を続ける。  雫の落ちる前髪の隙間から、その瞳に見つめられると、まるで金縛りにでも遭ったみたいに、視線を逸らすことは出来なくなる。 「伊織は、私の息子なのだからと」  今までに聴いた事のない声音と、今までに見た事のない眼差し。 「…… だけど、時間が経てば経つほどに、お前はどんどん似てくる」  父さんの親指が僕の唇に触れて、なぞるように動いた。 「触れてはいけないと、何度も自分に言い聞かせていたのに」  鼻先が触れ合うほどに、父さんの顔が近付いて…… それでも僕は身じろぎもせずにいた。 ―― 身体が動かなかった。  そっと重ねられた唇の意味も、その時の僕には分からなかった。  柔らかく啄ばまれて、まだ触れ合うほどの近い位置で、父さんの唇が言葉を紡ぐ。 「だけど見ず知らずの男に、穢されるくらいなら……、」  父さんが口にした言葉の意味は、最初は分からなくて何度も頭の中でその言葉を繰り返した。  頭の中の整理がつかないうちにまた唇か重なって、そこで僕は漸く我に返り、父さんの胸を軽く押し返した。 「…… ッや、だ。 なんで……」  顔を背けて、やっとの思いで出せた声は掠れていて、少しも拒否の言葉には聞こえなかっただろう。  でも父さんは、それが聞こえたのか、聞こえなかったのか、「身体を洗いなさい」とだけ言って、僕から離れて自分の濡れた服を脱ぎ始めた。  ぐっしょりと濡れたシャツと下衣を脱いで、水音を立ててタイルの床に落とすのを、視界の隅に入れながら、僕は言われた通りに身体を洗っていた。  父さんも隣で髪と身体を手早く洗うと、僕を残して無言で浴室から出て行ってしまう。  独りになった浴室で小さく溜め息を吐いていると、扉の向こうから「今夜は早く寝なさい」と、父さんの声がする。 「え…… ?」  慌てて浴室の扉の方を見たけれど、磨りガラスの扉の向こうには、もう父さんの気配は無くなっていた。

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