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第三章:偽り(1)
――『偽り』
大事なものを守る為なら、本心を隠して欺く事だって容易くできる――
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「…… ちゃん、伊織坊ちゃん……」
タキさんの声で、ゆっくりと現実に引き戻される。
酷く懐かしくて、悲しい夢を見ていたような気がする。
辺りはもうすっかり日が暮れているようで、カーテンを締め切った部屋の中は真っ暗だった。
「…… タキさん? まだ居たの?」
僕はベッドの中から出ようともせずに、ドアの方へ声をかけた。
「坊ちゃん、お夕飯の用意してあります。 お願いですから少しだけでも食べてください」
「…… 分かったよ。 後で食べるから。 タキさんはもう時間でしょ? 僕は大丈夫だから帰っていいよ」
それだけ言って、また布団の中に潜った。
「本当ですよ? ちゃんと食べてくださらないと、私が旦那様に叱られます」
「…… 分かってる。 ちゃんと食べるよ」
布団の中からでは、僕の声がドアの外に立っているタキさんに聞こえたかどうかは分からないけど、僕の声に被るようにインターホンが鳴って、タキさんが慌ただしく階段を下りて行く足音が聞こえていた。
「誰だろう…… こんな時間に」
でもそんな事は僕には関係ない。 布団を深々と被って目を閉じて、ずっと眠っていたい。 何も考えていたくないから。
父さんが帰ってきてから、一週間。
その間は、片時も離れずに一緒に過ごす事ができた。
凌 が付けた痕が薄くなるまで、何度も激しく抱いてくれていたのに。
また父さんは、家を出て行ってしまった。 ―― 僕を残して。
初めて父さんに抱かれたあの夏の日から、僕達親子の関係は前とは違うものに変わった。
父さんは、あれから、何故か突然家を空ける事が多くなった。
毎晩眠る暇もない程、何度も愛されて。 それでいつも、僕が眠っている間にいなくなる。
何処へ行っているのか、誰も知らなくて、またある日突然戻ってくる。 …… その繰り返し。
一週間くらいで戻ってくる時もあるし、何カ月も戻らない時もある。
どうしてなのかは、僕は何となく分かってる。 ―― 父さんは、僕と母さんを重ねて見ていることに、やっぱり後ろめたさを感じている。
分かっていて、気付かないふりをして、父さんが帰ってきたら何も無かったように甘えてみせる。
いない間は、すごく寂しくて、辛くて、気が狂いそうになる。 誰でもいいんだ…… 空っぽの心と身体を埋めてくれるなら。 父さんの代わりをしてくれる人なら、誰でも。
「――ちょっと、困ります。 そんな勝手に……」
突然部屋の外で、タキさんの声と、階段を誰かが上がってくる足音が騒がしく聞こえてくる。
何だろう…… と、思って、僕が上半身を起こした瞬間、部屋のドアが荒々しく開けられた。
「――鈴宮」
部屋に入ってきた男が僕の名字を呼んで、部屋の電気のスイッチを入れた。
急に明るくなった室内に、目が眩む。
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