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 ―― 偽り(5)

 *****  駅に行くまでのあの階段から見える景色は、一週間ほどの間に僅かに変化していた。  桜の花はすっかり散って、代わりに鮮やかな緑が川沿いの遊歩道を飾っている。 春から初夏へ向けて、季節が移りゆく身支度をしているように。 それはきっと、誰もが目にしている当たり前の光景だけど、あまりに自然で。  そして誰もが言うんだ。 「桜の季節も終わりだね」  毎日少しずつ散っていく姿を見ていないくせに。  そんなことを考えている僕も、その中の一人だけど。 一週間以上、外に出ていなかったのだから。  *****  各駅停車の電車からラッシュアワーのプラットフォームに降りる。  久しぶりの人混みに少し眩暈がした。  でもいつもの通りに、向かいのホームの一番前に並ぶ。  電車が到着してドアが開くと、まるで吸い込まれるように人が流れて行く。  一番前に並んでいた僕の身体は、後ろから押されて反対側のドアの所まで押し込まれる。  ―― いつもの定位置。  両隣りには、いつの間にか凌と隆司が立っている。 「…… 伊織…… 大丈夫か?」  小さな声で話し掛ける凌の顔を見ずに、僕はただ頷いた。  動き出した電車の揺れに合わせて、ドアのガラスに押し付けられる。  背中に感じる誰かの体温が、暑苦しく鬱陶しく纏わり付く。  でも、身体の奥ではそれを期待していた。  もう、見ず知らずの誰かに身体を触られる事に慣れてしまった。  背後から感じる鬱陶しい視線も。  そんな風に見られる事にも慣れている。  だから何とも思わない。 どうしようもない僕の身体の熱を鎮めてくれるのなら、…… 別に構わない。  後ろから伸びてくる手に期待してしまう。  服の上からの弱い刺激に、「もっと強く触って」と思わず呟いてしまう。  段々と大胆になってくる手の動きに、僕は唇から吐息を漏らして目を閉じた。  何処からか、また強い視線を感じる。 始業式の日の朝にも感じたあの視線。  誰かがこの状況を見ているのかな。  いいよ。 見られている事にすら、僕の淫らな身体は熱くなる。  いっそ、もっと複数の手に触られてもいいと思ってる。 「…… あ、ちょっと、すみません」  その時、満員の車内で誰かが無理矢理人と人の間を掻き分けて、こちらにやって来た。 「……っ、」  そのせいで押されて、さっきよりも強くドアに押し付けられる。  その迷惑な男は、僕と僕を触っていた痴漢の間に身体を滑り込ませるように割り入って来た。

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