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 ―― 偽り(11)

 思えば……父さんと二人きりで、一番長くゆっくりと過ごせたのは、あの夏休みだった。  夏休みも、もうあと少しという日の朝、目が醒めたら、いつも僕より先に起きることのない父さんの姿が隣になかった。不思議に思いながら服に着替えて廊下に出てみると、台所の方から朝食のいい香りが漂ってくる。 (―― どうしたんだろう。 今朝はやけに早いな)  てっきり父さんが早く起きて、朝食の準備をしてくれてるんだと思ってた。 「あ、伊織坊ちゃん、おはようございます」  だけど台所にいたのは、父さんじゃなくてタキさんだった。 「…… あれ? 父さんは?」  何故か心臓がドキドキしたのを今も憶えてる。とうとう僕を置いて何処かへ行ってしまったんじゃないか。僕は見放されてしまったんじゃないか……って。 「昨夜遅くにお電話いただいたんですよ。 今日から用事で暫く帰らないからと」 「…… え?」  ―― やっぱり……と、思う気持ちと、どうして? と思う気持ちで、僕の頭の中は一杯になってしまった。  父さんは僕に何も言ってなかった。これといって、変わったこともなかった筈。なのに……どうして?  やっぱり僕じゃ、母さんの代わりにはなれないってことなのかな。だからもう僕なんか……要らないってことなのかな。 「……暫く帰らないって……いつまで……」  もしかしたらもう帰って来ないんじゃないかって、不安ばかりが大きく膨らんでいた。僕がこの家にいる限り、帰ってこないんじゃないかって。だって、僕と父さんは血の繋がりがないんだから。 「あらあら、泣くことなんてないですよ。 きっとお仕事の事で出掛けられたんでしょう?すぐ帰られますよ」  いつの間にか泣き出していた僕に、慌ててタキさんが慰めてくれる声もどこか遠くに感じる。  その時の僕は、きっともう父さんに会えないんだって、そう思い込んでしまっていた。 「それより伊織坊ちゃん、もうすぐ夏休みも終わりですよ。宿題はもう全部出来てるんですか?」  毎年夏休みの終わりになると、決まってタキさんが口にする言葉も、その時の僕にはもうどうでもいい事としか思えなかった。

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