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―― 偽り(12)
毎日毎日繰り返し朝が訪れても、何の音沙汰もなく、9月になっても、父さんは帰って来なかった。
そして中学1年の2学期が始まろうとしていた。
外に出るのが不安で仕方なかった。 それは、あの事件があったからとかじゃなくて。僕が学校に行ってる間に、父さんが帰って来たらどうしよう。その事しか僕の頭にはなかった。
「大丈夫ですよ。 もしも連絡があったり帰って来られたら、私が必ず知らせますから」
タキさんにそう言われて渋々僕は学校に向かう。中学までは歩いて15分程度。あの長い階段を下りて駅横の踏み切りを渡ると、もう見えている。
外を歩くのは、一学期の終業式の日…… あの祭りの夜以来だった。
自分の足が何だか重く感じる。朝はいいけど、帰りは上りの階段が辛いかもしれないなんて、今までそんな事考えたこともなかったのに。
ゆっくりと歩く僕の後ろから、何人もの同じ中学の生徒達が追い越していく。明るく笑いながら、友達と走って行く知らない誰かの後ろ姿を見ていると、自分は違う世界の人間に思えてならなかった。
夏休みの間来なかっただけなのに、教室がすごく懐かしく感じる。
そうだ……みんなに会えば、父さんがいなくなった事も、少しは気が紛れるかもしれない。そう思った。
同じクラスには、たくさんの友達がいる。小学校の頃から仲の良い友達もいるし、中学に入ってから知り合った友達もいる。僕は少しだけ、ワクワクしながら教室の戸を開けた。
「おはよう」
教室に入ってそう声をかけると、今までざわついていた教室内が急に静まり返った。その時に少し違和感を感じたけれど、それが何なのかすぐには分からなかった。
「おはよう」
小さい声で呟くようにもう一度声を出してみたけれど、やっぱり誰も返してはくれなかった。
静まり返ったのは一瞬だけで、教室内はまたすぐにざわつき始める。少し妙な気がしたけど……気を取り直して自分の席を目指した。でも、歩いている間、何となく誰かの視線を感じる。
―― 誰か……いや、誰かというよりは、皆の視線と言った方がいいかもしれない。皆、僕を見ないふりをして、チラチラと見ている。そんな感じだった。
僕、どこか可笑しいとこでもあるのかな。今まで感じたことのない、小さな不安が胸の奥の方に生まれた。
隣の席は小学校の時から仲良しの友達だから、僕が可笑しいところがあるなら教えてくれるかもしれない。席に着いたら訊いてみよう。そう考えながら自分の席に鞄を置いて、隣の席をちらりと見た。
鞄が見当たらないから、多分まだ登校してないんだろう。仕方なく僕は席に座り、何気なく前を向いた。
「……?」
今、教室にいる生徒全員が、僕の方を見ていた気がするのに、僕が前を向いた途端、皆目を逸らした。
(……気のせいかな……)
僕の思い過ごしなら良かったのに、そうじゃなかったと、少ししてから確信することになる。
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