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―― 偽り(15)
少し俯き加減で僕を見上げてくる大きな瞳が、少し潤んでいるように見えた。
「菜摘ちゃん……どうしたの?」
僕がそう問いかけると、菜摘ちゃんは完全に俯いてしまった。そして俯いたまま
「ごめんね」と、耳を澄ましていなければ聞き取れないくらいの声で謝った。
「どうして謝るの?」
菜摘ちゃんのすぐ傍まで近づいて聞き返すと、菜摘ちゃんは俯いたまま一歩後退りする。
「お祭りの時……私のせいで……あ、あんな事になってしまったから」
(――あんな事……)
あの時、菜摘ちゃんはどこまで見てたっけ。
「僕は……大丈夫だよ、男だし」
男達にされた事を菜摘ちゃんだけには知られたくないから、あいまいな言葉を選んでそう言った。
「…… あの、私…… あの時のこと、誰にも言わないから……だから……」
言いにくそうに紡がれた言葉に少し引っかかったけれど、僕は何も言わず、菜摘ちゃんのか細い声に耳を傾けた。
「だから、私が身体を触られたことも、誰にも言わないでくれる?」
菜摘ちゃんは最後まで言い終わると、縋るような眼差しを僕に向ける。
(なんだ……そんなことを心配していたの)
「そんな事、言うわけないよ。 だから安心して」
「本当?」
「うん」
菜摘ちゃんは女の子だから、少しでも触られたことが噂にでもなったりしたら、それだけでも傷付いてしまうよね。
本当にあの時、菜摘ちゃんだけでも無事に逃げる事ができて良かったって、僕はこの時自分がまるでヒーローにでもなれたような気分になっていた。
「伊織くん、ありがとう」
菜摘ちゃんはまだ不安そうだけど、でも少しだけ笑顔を見せてくれた。
「あ、いたいた、菜摘ちゃんー」
その時、菜摘ちゃんの友達が駆け寄ってきたから、僕は「じゃ、またね」と言って、先に歩き出した。
2学期の一日目は、僕に忘れようとしていた事を鮮明に思い出させる事ばかりだった。
あの夜のことが何故か噂になっていて、クラスの皆の視線がいつもと違っていて。隣の席の友達や菜摘ちゃんと話しても、心に引っかかった何かは拭いきれなかったけれど。
噂なんてすぐに皆忘れるさと言ってくれた、友人の言葉を今は信じるしかない。
それでも僕は、この時はまだ安易に考えていた。本当の事を知ってるのは、僕だけだと思っていたから。
**
校門を出て暫く歩いていると、さっきから歩くペースに合わせてゆっくりと車が付いてくるのに気付く。学校から駅の横にある踏み切りまでの道は、一方通行で細くて交通量は少ない。下校時間で他にも歩いている生徒は沢山いるから、最初は自分に付いてきてるとは思わなかったけど。
「―― いおりちゃーん」
運転席側の窓が開き、僕の名前を呼ぶ聞き覚えのある男の声に、全身が金縛りにあったように硬直した。恐る恐るその車を見ると、男はもう一度僕の名前を呼んだ。
「伊織ちゃん、探したよー」
まるで悪夢を見ているようで、目の前が眩む。
――! どうして、こんな所で……。
運転席の窓から顔を出し、ニヤニヤと笑っているのは、もう二度と会いたくないと思っていた、祭りの夜に神社で会ったあの男だった。
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