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 ―― 偽り(17)

 車は僕の住んでいる街の川沿いの道を、海の方向へと下って行く。住宅街から抜け出て、幹線道路を通り越し、大きなアーケードのある商店街が見えてきた。  男は立体駐車場に車を入れて、細い路地を僕の腕を掴んで歩いて行く。 「放してよ」  男が掴んでる腕が痛い。 「逃げられたら、面倒臭いからな」  こんな所まで従いてきて、もう逃げる気なんてないのに。  表の商店街の華やかさと違い、今歩いている路地は近くに高層マンションが建っていて、昼間なのに薄暗くて、あまり綺麗とは言えない。複数の飲食店の換気扇から流れてくる色んな匂いが混じって、辺りに漂っている。 「ここだ」  男は、5階建ての古そうな雑居ビルの前で足を止めた。  すぐ側の高層マンションのせいで、全く日の当たらない雑居ビル。二人乗れば窮屈な狭いエレベーターの中は、ドアが閉まるとむっとした空気が身体に纏わり付く。  男はヘビースモーカーなのか、車に乗っていたほんの15分程の間に、何本も煙草を吸っていた。その匂いが制服や髪に付いてしまっていて、この狭い空間で煙草の匂いが充満していて少し息苦しい。  男の部屋は5階だった。  黒い鉄のドアを開けて中に入ると、日の当たらない暗い部屋から、さっきのエレベーターの中よりも、もっと鼻につく匂いが漂ってきた。  玄関を入ってすぐの部屋は、壁がコンクリートの打ちっ放し。思っていたよりも広い。  隅っこに申し訳程度のキッチンが付いていて、部屋の真ん中にはダブルベッドが置いてある。カメラの機材やライトみたいなものが設置されていて、なんとなくスタジオみたいに思えるけれど、床に散乱しているゴミや脱ぎ散らかした服が、その考えを打ち消した。 「ここ……アンタの部屋なの?」 「……まあ、そう……」  男は興味なさそうに応えて、僕の顔を覗き込む。 (……煙草臭い……) 「祭りの夜の続きをしようか」  どうせ、そういう事だと思ってた。 「あれ? 嫌がらないのかよ? ちょっとは嫌がってくれる方が面白いんだけど」 「どうせ嫌だと言ったら、菜摘ちゃんや父の名前を出して脅すんでしょう?」 「……ふん、なるほど。最初から観念してるってことか」  男は、部屋の中央に置いてあるベッドの側のビデオカメラを覗き込みながら、「こっち来いよ」と言って手招きをする。 「何してるの……。まさか……撮影するつもり?」  男はカメラから顔を離して、僕の方を見てにやりと笑う。  それからベッドに腰を下ろし、入口で立ち竦む僕に向かって手を伸ばした。 「ほら、こっち来いよ」

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