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―― 偽り(24)
*****
「――伊織!」
翌日登校途中の道で、後ろから隣の席の友人が走ってきて、大きな声で名前を呼ばれた。
僕より前を歩いていた生徒の何人かが振り向いて、僕に視線が集まった。この視線には覚えがある。昨日の教室内で感じたのと同じ視線。
後ろから走ってきて僕に追い付いた彼も、その視線に気が付いたのか、周りを気にしながら声を潜める。
「……おはよう」
「……お、おはよう」
何か気まずい雰囲気を感じながら、歩き始めた僕らの間には会話がなくて、でも彼が何かを言いたそうにしている事は分かった。
「……何か……僕に言いたい事があるんじゃないの?」
なるべく彼の方を見ないように、前を見つめたままそう訊いてみた。
「……う、ん……」
彼もこちらを見ない。少し俯き加減で言い淀んでいる。
昨日の彼は、噂の事を心配してくれていた(…… と思う) 誤魔化した僕の言葉も信じてくれていた。だけど……、
「……あのさ、昨日さ……学校の帰りに……」
そこまで訊いて「やっぱり」と思う。
あの男の車に乗った事が、また噂になってるに違いなかった。
大勢の下校中の生徒が見ている中、あの男は大声で僕の名前を呼んでいた。
保護者ではないことは見たらすぐに分かるし、普通の状況じゃないって事も気付かれていたかもしれなかった。
だから、昨日誰の車に乗ったのか? とか、大丈夫だったのか? とか、そういう事を訊かれるんだと思った。
「……伊織が……あの祭りの夜、神社で絡んできた男の車に乗ってったって……」
「……え?」
彼の言った言葉が引っかかって、思わず隣を歩く友人の横顔を見上げた。
「なんで、そんな奴の車に乗っちゃうんだよ」
「ちょっと待って……、なんで祭りの夜の男だと思ったの?」
(どうして……昨日の車の男が、あの祭りの夜の神社で絡んできた男だって分かるんだ)
「え? 違うのか? だって、菜摘ちゃんが……そう言ってたから」
……菜摘ちゃんが……?
菜摘ちゃんが言ったなんて、ちょっと信じられないけど、でも昨日のあの現場を見て、つい言ってしまったと言うのなら納得できる。
この友人も、ただ単に、絡まれた男の車に乗っていってしまった事を、心配してくれてるんだろう。
―― 『……あの、私……あの時のこと、誰にも言わないから…… だから……』
だけど……昨日菜摘ちゃんと話していた時に、少し引っかかっていた言葉を思い出した。あの時、僕が何をされたのか、菜摘ちゃんは知っていた? 最後まで見ていた?
(まさか……)
そこまで考えて、首を横に振る。 そんな事…… そんな筈はない。だって、あの時菜摘ちゃんは、ちゃんと逃げて行ったじゃないか。
あの噂を流したのが菜摘ちゃんだなんて、つい考えてしまった。 そんな事ある筈ないのに。
くだらない考えを振り払う為に、僕は彼に確認してみた。
「ねえ、あの日……菜摘ちゃんは、花火が始まったら集合する事になっていた場所に行ったんだよね?」
「え……? いや、来なかったんだ。伊織と菜摘ちゃんだけ。だから花火が終わってすぐに探しに行ったんだ」
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