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 ―― 偽り(25)

 ……え?  菜摘ちゃんは、待ち合わせ場所に行ってなかった……。  まさか……。有り得ない考えが頭を過る。それは僕にとっては最悪な事だし、友達を疑うなんてこと自体、考えたくなかった。 「じゃあ、菜摘ちゃんとはどこで会えたの?」  胸の奥に、ザワザワとした焦燥感を憶える。 どうか……僕の思い過ごしであってほしい。 そう願いながら、彼の次の言葉を待っていた。 「んー、あの時、花火が終わってすぐに、来た道を戻って行って、神社のすぐ近くで歩いてくる菜摘ちゃんを見つけたんだ」  花火が終わってすぐに、まだ神社の近くにいた?そんな筈はない。菜摘ちゃんはあの時、もっと前に逃げて行った。もう一人の男が追いかけて行ったんだから、その時間に神社の近くにいるのは変だと思った。  でも……、もしもあの時、逃げたと思っていた菜摘ちゃんがまだ近くにいて、最後まで見ていたんだとしたら…。  頭の中であの夜の事が目の前に次々と浮かびあがって、代わりに辺りの景色が歪んで見えた。 「おい、大丈夫か?」  眩暈に耐え切れず、しゃがんでしまった僕を、彼は心配そうに覗き込んでいる。 「……うん、ごめん、大丈夫。ちょっと眩暈がしただけ」 「顔色悪いよ。保健室に行く?」 「ううん、大丈夫」  とにかく……教室に行って、菜摘ちゃんと話したい。  僕が具合いが悪そうなのを心配してか、彼はもうそれ以上、昨日の事を訊いてこなかったのが救いだった。  *  教室に行くと、もう菜摘ちゃんは席についていて、前の席の友達と楽しそうに話をしていた。 「……菜摘ちゃん、おはよう」  近づいて声をかけると、菜摘ちゃんは驚いたように僕を見上げる。 「……伊織くん、おはよう」  そう言ってくれたけど、その表情はいつもと違って、すごく硬い。菜摘ちゃんと喋っていた友達が僕を見る視線も、どこか冷たく感じるのは、気の所為なんだろうか。  いや…… この二人だけじゃない。  教室全体の空気が、昨日よりも…… もっと……。 沢山の視線に晒されているような居心地の悪さ。 「……ちょっと話があるんだけど……」  僕がそう言うと、菜摘ちゃんは困ったような顔をする。 「……話? ここじゃダメなのかな」 「……うん。ここじゃちょっと……」 「……でも、もうすぐ先生来ちゃうし」  そんな事はない。まだ時間はあるのに。菜摘ちゃんは僕と二人きりで話すのを避けているように思える。 「……じゃあ、ここで話してもいいの?」  この時僕は……少しだけ……そう、少しだけ意地悪を言いたくなったんだ。  こんな事になったのは、元はと言えば菜摘ちゃんを助ける為だったのに。話すら訊いてくれない菜摘ちゃんに、腹を立てていたのかもしれない。  だから、ここで話していい訳ないのに、わざと菜摘ちゃんを困らせるような言い方をしてしまった。

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