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 —— 偽り(28)

 4限目までのテストは、何も考える気力もなくて、どれも殆ど白紙状態だったと思うけど、実は何をどれくらい書けたかも覚えていない。  教室を出て、いつの間に靴を履き替えたのかさえも記憶がなくて、「伊織……」と、後ろから声を掛けられた時には、もう校舎を出て校門へ向かっているところだった。 「何?」  僕を呼び止めた声の主は、隣の席の彼で、今日は、あれからずっと僕を避けていたのに、今更何の用なのかと思う。 「いや、あのさ、俺……ごめんな」 「何で謝るの?」  彼の顔を一瞥してから、一旦立ち止まった足を動かして、ゆっくりと歩き出す僕に、彼も歩幅を合わせて歩き出す。 「皆は、色々言ってるけど、俺は信じてるからさ」 「何を……?」  どうしてだろう……。  彼の言葉のひとつひとつが、酷く空々しく聞こえる。  よく考えたら、僕は何か悪いことをしたんだろうか。皆に迷惑をかけるようなこと。 「いや、伊織が男と……なんてさ……」  男同士で何かあったら、悪いことなのかな。  それなら、僕が父さんを愛してしまったことは、皆に嫌われる一番の原因になる。 「ねえ……一つだけ聞きたいんだけど……」  もうあの夜の噂なんて、どうでもいいと思ってるけど、一つだけ気になることがある。 「……ん? 何?」 「お祭りの……あの夜のこと、いつから知ってたの?」 「え? えーと……」  あの噂は、夏休みの間にどうやって広がったんだろう……。それは些細なことなのかもしれないけど、何となく引っかかっていたんだ。 「もしかして、あの祭りの夜、菜摘ちゃんから聞いて全部知ってたんじゃないの?」 「……」  言葉に詰まった彼の表情で、僕は何となく、引っかかっていたものが、取れた気がした。  …… そっか。  僕達は、無言のまま肩を並べて歩く。  別に、皆にどう思われてもいいや。 だって、全部本当の事だったから。  校門を出て暫く歩いていると、見覚えのある車が停まっているのが目に入った。 「じゃ、僕、先に行くね」  そう言って、足早に車に駆け寄ろうとする僕の腕を、後ろから彼に掴まれて引きとめられる。 「ま、待ってよ、伊織」 「……何?」 「あ、あのさ、行っちゃダメだ」 「……なんで?」 「よく……分からないけど、とにかく!」 「何も知らないくせに、もう放っといてよ」  僕の腕を掴んだ彼の手を振り払う。 「なんで……? 俺は心配してやってんだぞ?」 「……心配……?」  いったい何を心配してくれてるんだろう。僕が、皆と同じじゃないことを?  皆の前では、皆と同じように、僕を無視するくせに。  ああ…… 頭の中がグチャグチャだ。  何が正解で、何が間違いだなんて、テストみたいに別けることなんて出来ない。 「心配なんてしなくて良いよ。見た通りのことを、また皆に伝えればいい」 それだけ言って、僕は男の車へ駆け寄った。 「おい、伊織……」  後ろから、僕の名前を小さく呼ぶ彼の声が聞こえた気がした。

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