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―― 偽り(29)
車の窓から見える街を流れる小さな川と桜並木は、いつもと変わらない。
桜の木は、春になると短い間だけ美しい花を咲かせて散っていく。 その姿は季節が移ろう度に変わるのだけど、また1年経つと同じ花を咲かせてくれる。
変わってしまったのは僕だけで、周りは何も変わっていないんだ。
春になると、桜並木のこの遊歩道を両親と手を繋いで散歩していたあの頃も。
夏祭りに、浴衣を着て花火を観たあの頃も。
皆と遊んだ楽しかったあの頃も。
全部もう過去のこと。
もうきた道は、引き返せない。
思い浮かべたあの頃の自分の姿がどんどん小さくなって、窓の外の景色と一緒に流れて行った。
****
「……っ、まって」
男の部屋の玄関のドアを閉めたと同時に唇を塞がれて、煙草の苦い味に咥内を犯される。
「なんだよ。今更……」
言葉を最後まで言い終わらないうちに、男はまた唇を重ねてくる。
「……っん、キスはイヤ……んんっ……」
「イヤって言われたら、余計したくなる性分なんだよ……」
後頭部を捕らえられ引き寄せられて、また唇が押し付けられる。
僕の咥内を苦い舌で犯しながら、男は制服のシャツの裾をズボンの中から引き出した。
よろめいて、足の踏み場もないほどに玄関を敷き詰めるように置かれた靴を踏んでしまっても、男は気にならないようだった。
「……や……あ……」
シャツの下へ滑り込んできた手に胸の尖りを捕らえられた途端、もうそれだけで身体の奥に火が点いて、持っていた学生鞄が、複数の靴の上にドサリと音を立てて落ちた。
僕の反応に気が付いた男が、唇を離してニヤリと、いやらしく笑う。
「お前、ここ感じるんだ?」
そのまま後ろの冷たいドアに押さえ付けられる。
男はボタンを外さずに、シャツを胸の上まで捲りあげて、僕の胸に顔を埋めた。
「……いッ」
いきなり最初から胸の先端を強く吸われて、もう片方は指でキツく摘み上げられて、ピリッとした痛みに思わず声が出た。
「え?痛かったか?」
いつも自分勝手なこの男が、そう言って僕の顔を覗き込むのが意外だった。だから僕は試すように、甘えるように言ってみる。
「もっと優しくしてよ」
「……優しくしてんだろが」
男は乱暴に言い放ち、また胸に顔を埋めた。
僕は目を閉じる。
余計な事を考えずに、快楽だけを追う。
「……ぁ、あ……っ……」
生温く柔らかい舌で、水音を立てながら胸の尖りを舐め回されて、甘い快感が背筋を駆け上がる。
玄関のドアの向こうのエレベーターの音や、外を行き交う車の音が、すぐ近くに聞こえる。
ここで声を出したら、きっと廊下にまで聞こえてしまうんだろうな、なんて頭に過ぎらせながら、僕は与えられるまま快楽に溺れていく。
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