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 ―― 偽り(35)

 **  男との妙な関係は、それからも暫く続いて、もうすぐ10月になろうとしていた。  2学期になってから、学校は休まずに行っていたけれど、その日は何故か朝から落ち着かなくて、いつもよりもかなり早くに家を出て、男の部屋に行ってみることにした。  男の部屋の近くにある、いつもは賑やかな商店街は、どこもシャッターが開いてなくて、人通りもまばらで、まるで街全体が眠っているように思えるほど静かだった。  ―― この時間なら、男はまだ眠っているはず。  男の部屋のドアの前に立って、鍵穴に鍵を差し込んだその時、すぐ側にある階段の踊り場で人影が動くのが視界の隅に見えて、大袈裟なくらい心臓がドキリと跳ねた。普段はこの建物の中で誰かに会うなんてことは、一度も無かったから。  踊り場に立っていたスーツの男二人は、何かヒソヒソと耳打ちをして、僕の方を見ている。嫌な予感しかしなくて、僕は急いで差し込んだ鍵を抜いて、踵を返そうとした。 「あ、待ちなさい!」  男の一人が、素早い動きで階段を駆け上がり、僕の腕を掴む。 「……嫌だ、放して」  がたいが良く強面な男二人に恐怖しか感じなくて、僕は何とかして逃げようと必死にもがいた。 「別に怪しい者じゃないから!」  そう言って、僕の目の前に皮の手帳を開いて見せた。 「……警察?」  スーツの男は、ぎこちない笑顔を作り、僕が逃げないことを確認してから「そうだよ」と言って、腕を放してくれた。 「君は、この部屋の男とどういう関係なんだい?」  どういう関係って、そんなの言えるわけもなくて、言葉に詰まる。 「さっき、鍵を開けようとしてたよね?」 「……と、友達です。鍵はこの間、事情があって借りていたので、返しに来ただけです」  それは咄嗟に出てしまった言葉だった。 「……友達? ……勝手に鍵を開けて入れる程、仲が良いんだ? 年は随分離れているのに」 「……いけませんか?」 「いや、悪いなんて言ってないよ。じゃあ、ちょっとお願いしてもいいかな」  男は、腰を屈めて僕に目線を合わせて、とても優しい口調で話す。 「さっきからインターホン押しても出てこないんだよ。多分寝てるんじゃないかな。話をしたいだけなんだ。だから起こしてきてくれないかな」  そう言われて、僕はドアを開けるのを躊躇していた。  警察が来るっていう事は、男を捕まえに来たという事しか考えられない。その理由は、裏DVDの制作、販売に関する事に違いなかった。  男が捕まってしまったら……もうここには来れなくなる。……逢えなくなってしまう。

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