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 ―― 偽り(39)

 僕を家に連れて帰ってから、父さんは書斎に籠ったきり、食事の時間も部屋から出て来ない。  警察署から家に着くまでの車の中でも、ずっと黙ったままで僕の顔を見る事もなく。  きっと今回の事件の男が、神社での事件のあの男だという事も、そして僕がその男に抱かれた事にも気付いているんだろう。  何も訊いてこない事で、余計に父さんの怒りが、普通ではない事が分かる。 けれど、それと同時にその奥に潜んでいる愛も確かに感じていた。  それでも、父さんの周りに漂う空気が何故か怖くて、僕は話し掛けることすら出来ずにいた。  夜眠る為に、いつものように父さんの寝室に向かう。  書斎のドアの僅かな隙間から廊下に漏れる灯りの前を通り過ぎ、その隣の寝室に入って、ベッドに潜り目を閉じる。  鼻を埋めたシーツからは、ずっと帰って来なかった父さんの匂いは、もうすっかり消えている。  早くあの逞しい腕に抱きしめて欲しい。  僕の中を父さんでいっぱいにして欲しい。  僕を見えない鎖で繋げて欲しい。  もう二度と、僕がフラフラと他の男のところへ行ったりしないように。  疲れていたのもあって、父さんが来てくれるのを待ちながらいつの間にか眠ってしまっていた僕は、夜中に僅かに揺れたベッドのスプリングに、ぼんやりと瞼を開けた。  視界いっぱいの大きな背中。 父さんが僕に背中を向けて眠っていた。。 「……父さん……」  どうして起こしてくれなかったの。  どうして抱き締めてくれないの。  広い背中にぴったりと寄り添うと、父さんの身体が微かに身じろいだ気がした。 「……父さん、起きてる?」  そう訊いても、返事は返ってこない。 静かな部屋の中に響くのは、時計の針が時を刻む音だけだった。  次の日も、日中は書斎に篭ったきり父さんは出てこない。  僕が学校に行ってる間に、父さんがまたいなくなったら……と、心配で、体調が悪いからと言って、タキさんに電話をしてもらって、学校も休んでしまった。  もしかしたら、こんな僕はもう要らないと思ってるんじゃないだろうか。  家のインターホンが鳴ると、僕の本当の父親だというあの人が、迎えに来たんじゃないかとビクビクする。  夜になって、タキさんが帰ってしまっても、父さんは書斎から出てこない。食事だけは、タキさんが書斎に運んだものを、食べていたようだった。  今夜も僕は入浴を済ませて、寝室のベッドで父さんを待っている。  父さんが来るまで眠らないように、ベッドサイドの灯りは点けたままにしておいた。  真夜中の2時過ぎ、書斎に繋がるドアの開く音がして、ドキリと跳ねた心臓がそのまま壊れたんじゃないかと思うくらい早鐘を打ち始めた。  衣擦れの音に次いで、パサッとガウンを置いた音が耳に届き、ベッドのスプリングが静かに軋む。

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