99 / 330
―― 偽り(40)
薄く目を開けると、父さんはこちらに背を向けてベッドに腰掛けていた。
「父さん……」
恐る恐る声をかけると、父さんは肩越しに振り向いて、やっと僕と視線を合わせてくれた。
「……まだ起きていたのか。早く寝なさい」
静かに低い声で、そう言うとまた前を向いてしまう。一瞬しか合わなかった父さんに瞳には、何も映っていないような気がした。
どうして僕のこと、ちゃんと見てくれないの。
―― お前の身体はもう他の男に穢されてしまったからだよ。
何も映さない瞳に、無言でそう言われたような気がして……哀しくて、胸が張り裂けそう。
僕は上半身を起こして、ベッドに腰掛けている父さんの背中に縋り付き、涙声で訴えた。
「どうして……僕の顔を見てくれないの。どうして何も言わないの」
後ろから父さんの顔を覗き込むようにして、その唇に僕の唇を押し当てる。それでも動こうとしない父さんの首に腕を絡めて、何度も開かない唇を啄むようにキスをした。
(お願い……抱いて)
そんな言葉を口にするのは恥ずかしいし、怖い。
だから気持ちが伝わるように、父さんの唇に何度もキスを繰り返した。
そうする内に、父さんの腕が僕の腰に回り、身体が密着する。 それだけで、身体の芯が熱くなり、胸が悦びに震えた。
父さんの腕に腰を引き寄せられて、滑るように膝の上に横向きに座る体勢になり、鋭い瞳に見据えられる。
何もかも見透かすような視線に、全身が戦慄いた。……だけど嬉しい。
「伊織……」
低い声が、身体の奥にまで響いて全身の力が抜ける。
父さんは繊細な指先で、僕の額にかかる髪を後ろへ梳くように撫でてくれた。
「ほんの1ヶ月逢わなかっただけで、お前は随分と綺麗になった」
「……え?」
父さんの言った言葉の意味を理解出来ないまま唇が塞がれて、咥内へ挿ってきた舌はすぐに僕を翻弄して思考を止められる。
――ああ……父さんの煙草の味がする。
久しぶりに味わう父さんの匂い。もうそれだけで何も考えられなくなっていく。
僕はこの人が好きなんだと、改めて思う。
この人に見捨てられてしまったら……そんな事を考えるだけで、息が出来なくなってしまいそう。
どんな理由があっても、違う男に抱かれた事を後悔していた。
ともだちにシェアしよう!