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 ―― 偽り(40)

 薄く目を開けると、父さんはこちらに背を向けてベッドに腰掛けていた。 「父さん……」  恐る恐る声をかけると、父さんは肩越しに振り向いて、やっと僕と視線を合わせてくれた。 「……まだ起きていたのか。早く寝なさい」  静かに低い声で、そう言うとまた前を向いてしまう。一瞬しか合わなかった父さんに瞳には、何も映っていないような気がした。  どうして僕のこと、ちゃんと見てくれないの。  ―― お前の身体はもう他の男に穢されてしまったからだよ。  何も映さない瞳に、無言でそう言われたような気がして……哀しくて、胸が張り裂けそう。  僕は上半身を起こして、ベッドに腰掛けている父さんの背中に縋り付き、涙声で訴えた。 「どうして……僕の顔を見てくれないの。どうして何も言わないの」  後ろから父さんの顔を覗き込むようにして、その唇に僕の唇を押し当てる。それでも動こうとしない父さんの首に腕を絡めて、何度も開かない唇を啄むようにキスをした。 (お願い……抱いて)  そんな言葉を口にするのは恥ずかしいし、怖い。  だから気持ちが伝わるように、父さんの唇に何度もキスを繰り返した。  そうする内に、父さんの腕が僕の腰に回り、身体が密着する。 それだけで、身体の芯が熱くなり、胸が悦びに震えた。  父さんの腕に腰を引き寄せられて、滑るように膝の上に横向きに座る体勢になり、鋭い瞳に見据えられる。  何もかも見透かすような視線に、全身が戦慄いた。……だけど嬉しい。 「伊織……」  低い声が、身体の奥にまで響いて全身の力が抜ける。  父さんは繊細な指先で、僕の額にかかる髪を後ろへ梳くように撫でてくれた。 「ほんの1ヶ月逢わなかっただけで、お前は随分と綺麗になった」 「……え?」  父さんの言った言葉の意味を理解出来ないまま唇が塞がれて、咥内へ挿ってきた舌はすぐに僕を翻弄して思考を止められる。  ――ああ……父さんの煙草の味がする。  久しぶりに味わう父さんの匂い。もうそれだけで何も考えられなくなっていく。  僕はこの人が好きなんだと、改めて思う。  この人に見捨てられてしまったら……そんな事を考えるだけで、息が出来なくなってしまいそう。  どんな理由があっても、違う男に抱かれた事を後悔していた。

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